ソニーが2021年4月1日付で、63年ぶりに社名変更をして「ソニーグループ」という社名になるとの報道がありました。
ソニーグループという名称は、社名変更と同時に実行する持ち株会社化をわかりやすく表現したようですが、長年「技術のソニー」「世界のソニー」として「ソニー」の名に親しんできた私の第一印象は、「ソニーグループ」という企業名の居心地の悪さであり、ソニーブランドの毀損への懸念でもありました。
そこで、なぜ社名変更なのか、なぜ持ち株会社化なのかと不思議に思いつつ、いろいろ調べてみたわけです。
ソニーとパイオニアの「差」
調べてみると、そこには就任1年目で過去最高の営業利益を記録した現トップである吉田憲一郎CEO(最高経営責任者)の自社ソニーに対する深い思いがあることがわかってきました。
その思いを紐解くヒントのひとつとして、今回の社名変更に伴い、ソニーの名称は同社の「祖業」であるエレキ事業会社が持ち株会社の下で引き継ぐ、という話がありました。祖業を大切にすることは、創業の精神に対するリスペクトであり、私の疑念は少しずつ晴れていく気がしました。
2000年代前半以降、世界規模の競争に敗れて赤字垂れ流しの状態だったテレビ事業を中核とする祖業のエレキ事業は、長年、組織内で疎まれ続けた存在であり、いつ事業を売却されてもおかしくない状況にありました。しかし、そんな苦しい時代が長引く中で、吉田CEOのCFO(最高財務責任者)時代からの根気強い努力の甲斐あって、ようやく2018年度に黒字化に漕ぎ着けました。
世には、同じように赤字の山を生んでいた祖業を事業売却することで、手離した企業もあります。1980年代にミニコンポーネント・ステレオで一世を風靡したパイオニアはその代表格です。パイオニアは、祖業のステレオ事業の売却を機に、多くの優秀な技術者が組織を去り、残存事業も思うに任せず、2019年アジア系ファンドに買収されるという結末をみています。
企業、特に製造業は、いかに多角化を重ね成長していこうとも、祖業は企業の創業の精神を伝えるものであり、成長の停止や業績の低迷などの経営環境が悪化した時に立ち返るべき場所でもあるのです。企業経営が窮地に陥った時、売却価値があるうちに事業を金銭に替えて会社立て直しの足しにしたいという経営判断も理解できなくはありません。
しかし祖業というものは、その企業にとっては売却価格以上の価値を持つ求心力の拠り所でもあり、できることならば手放すべきではないと個人的には強く思うところです。
ソニーの多角化経営は会社発展の原点そのもの
このような背景を心得たうえで、ソニーの吉田CEOの社名変更に関する会見内容やインタビュー記事を読んでみると、新たな気づきが与えられました。
まず、社名変更の本来的理由である持ち株会社化について、吉田CEOはその理由を「多岐にわたる事業をまとめていく会社としてソニーを再定義する必要がある」として、2000年代前半にグループの非中核事業と位置づけ分離上場させた保険、銀行業務を担う金融部門、ソニーフィナンシャルホールディングス(SFH)を持ち株会社の傘下に戻すことが「目玉」となっています。
ソニーが事業の多角化を重視することについては、63年前に創業時の東京通信工業からソニーへの社名変更時に、「我々が世界に伸びるためにあえてエレキのイメージを社名から排除した」という創業者のひとり盛田昭夫氏の証言が残っているように、まさにソニーの発展の原点そのものなのです。
技術開発重視への回帰という点もまた、吉田ソニーの大きな方針のひとつになっています。90年代後半ソニーが世界戦略を進める過程において執行役員制度や委員会制度などを国内他社に先行する形で導入し経営イメージ重視の戦略に移行する中で、「技術のソニー」を社内で支えていたソニー中央研究所が密かに廃止されたという事件がありました。技術開発をお座なりにしたことの象徴的出来事です。
一般に「ソニーの失われた20年」と言われる長期低迷時代は、この技術軽視の時代に始まったのです。吉田CEOは、ソニーの長い冬に終わりを告げるべく、これまでに犬型ロボットAIBOに代表されるロボット研究の再開や全自動運転EV車の開発など、目先のビジネスとは無関係な技術開発にも注力し、「ソニーらしさ」を取り戻すべく「技術のソニー」復権に向け動き出したのです。
初見ではブランドの毀損であるかのように思えたソニーの社名変更ですが、このようにその背景を探ってみると、吉田CEOが社名変更を決断した最大の理由は、経営の原点回帰に他ならなかったことが判りました。
コロナショックで起こるパラダイムシフト
では、なぜこの時期に原点回帰なのでしょうか――。そこには「コロナショック」の到来が、少なからず影響していると思います。新型コロナショックは、ビジネス界に大きな変革をもたらす、パラダイムシフトであるからです。
産業革命以降、産業界のパラダイムシフトは常に技術革新が先行して構造改革に迫られる、という流れにありました。ところが、今回のコロナショックでは、まず「ニューノーマル」の名のもとに、新型コロナウイルスの感染を抑制する体制の構築という構造改革が有無をいわさぬ形で求められ、それを安定的に運用するための技術革新が後から着いていくという、大げさに申し上げれば、近代以降で人類が初めて求められる試練であるのです。
試練の時に何より重要なことは、組織内外からの求心力を落とさず、できることなら可能な限り高めるという観点での経営の舵取りです。
具体的には、組織の内部を不安に陥れないこと、外部の取引先や顧客には進むべき確固たる道筋を示し信頼感を損なわないこと、が必要なのです。
中小企業にとっても、長引くコロナショックの中にあって、「アフターコロナ」に向け社内を不安に陥れることなく、社外をしっかりとつなぎ止めるために考えるべき基本は同じでしょう。
未知の危機に面した時にこそ、今一度、創業の精神に鑑みて自社の存在価値やその社会的意義を再確認し、それを礎にして来るべき変革の時代をいかに生き抜いていくべきかを社内外に明確に示す。いち早く見える形でパラダイムシフト対策に動いた「吉田ソニー」の英断は、すべての企業経営者にとって大きなヒントになるのではないかと思っています。(大関暁夫)