文部科学省の「不登校重大事態に係る調査の指針 2018(平成30)年9月」によると、子どものいじめと認定された約6割が「言葉」であることや、SNSが舞台になっていることが明らかにされています。
しかし、いじめは子どもの世界だけの出来事ではありません。大人の世界でも多くの「言葉のいじめ」は存在します。いまこそ、正しい言葉の使い方を学ばなければいけません。
「いじめのことばから子どもの心を守るレッスン」(堀田秀吾著)河出書房新社
学校でよくある「現象」
あるとき、ケータイのLINEにメッセージが入りました。
見てみると、仲良しのグループLINEで、発信者は直美です。
「ねえ、由美子のこと聞いた?」
「えっ、どうしたの?」
「あの子、きのうのお昼休みに、浩二くんのこと突き倒したらしいよ」
「本当に?」
「真由美も見たって」
すると、他のメンバーからも続々とメッセージが届きます。
「やだ、こわーい」
「そういえば、わたしも由美子に無視されたことあるしぃ!」
「クラスで誰かが花瓶を壊してたけど、それも由美子かもよww」
「先週、体育の時間に聡子の財布が盗まれたけど、それも由美子かもね!」
みんなの空気に乗せられて、ついつい言ってしまいます。
「このまえ、由美子に怒られたことある。怒らすと手がつけられないんだよね、あの子」
いつの間にか、「由美子悪人説」が成立しました。悪い噂は、どうして起こってしまうのでしょう。
本書の著者、堀田秀吾さんはこう説明します。
「悪い噂の発生のメカニズムには、少なくとも二つの心理学的な現象が含まれています。一つ目が観察者バイアス というもの。観察者バイアスというのは、人は『自分の意見や価値観に都合の良い情報しか見ない』という歪んだものの見方のことです。このバイアスがまるでフィルターのように働き、由美子に関するいろいろな行動や情報の中から、悪い人なんじゃないかと思える情報だけを拾って見るようになり、聞こえてくるようになります」
噂を打ち消すにはどうすればいいのか......
「二つ目は同調と呼ばれる集団心理です。ニューヨーク大学のドイチとジェラルドは、集団に同調するメカニズムを、『規範的影響』と『情報的影響』の二つに分けています。規範的影響は、集団に認められたい、制裁を避けたいという欲求から、集団規範に合った態度や行動をとる影響のこと。情報的影響は、何が正しいかわからないとき、他者や集団の言動を『正しいもの』として受け入れてそれに合うような行動をとる影響のことです」
と、堀田さんは言います。
前出のケースであれば、直美の発言で始まった悪ロ大会で、誰も由美子をかばわなかったことから、由美子の悪ロを言う「流れ」が成立しました。
ここで流れを壊すようなル意見を言ったら「空気を読まないと言われるんじゃないか」「仲間外れにされるんじゃないか」という不安から、みんなが合わせるような発言を続けていくのです。これは、大人の世界でも同じことがいえます。
悪い噂が流されてしまったときの対処法の一つに、「ゲイン・ロス効果」があります。「ツンデレの法則」「ギャップ萌え」の原理だと、堀田さんは指摘します。
「少女漫画で、不良っぽかったり、つっけんどんな男子が時折見せる優しさに主人公の女子がときめいてしまう、ラブコメの王道、いわゆる『ツンデレ』がありますが、まさに、これが最強なのです。
ということは、悪い噂を流されても、その噂に反するような良い印象の言動が目に入れば、通常よりも良い印象を人々が持つ可能性があるということです」
堀田さんは、
「悪い噂を流されても腐ることなく、自分を磨き、他者に優しい行動をとり続けていくことで、周りの評価を一気に上げることができるかもしれないのです。つらい経験を自分の糧にする。ピンチをチャンスに変える。もちろんつらく、大変なことです。しかし、筋肉が負荷を与えることで発達していくように、困難を乗り越え、達成したときにこそ成長が待っているのではないでしょうか」
と、説きます。
本書は、社会生活でSNSやメールなど、デジタルコミュニケーションに苦労する学生やビジネスマン向けに書かれています。この機会に、言葉の正しい使い方を覚えておきましょう。(尾藤克之)