マイナンバーと預貯金口座をひもづけようという動きが加速している。高市早苗総務相は2020年6月9日、マイナンバーを通じて国や自治体からお金を受け取るために「1人1口座のひもづけを義務化したい」と語った。
背景には、国民1人あたり10万円の定額給付金を支給する際、マイナンバーのオンライン業務が大混乱をきたし、中止に追い込まれた自治体が多く出たことがある。ネット上では「新型コロナ禍のどさくさに紛れて、国民の全資産を把握しようとしている」と反対する声のほうが多い。
米国、韓国が全国民に現金支給する間、日本は3%だけ
政府の本当の狙いは何なのか。主要新聞の6月10日付朝刊の論調と、ネットの声を拾うと――。
マイナンバーは住民票を持つすべての人に付与された12ケタの番号だ。税、社会保障、災害の3分野の行政事務に限って活用でき、添付書類の削減などで行政手続きの効率化を図っている。しかし、制度が始まって4年も経つのに普及が進んでいない。総務省によると、2020年1月20日現在、マイナンバーカードを持っている人は、国民の15%にとどまる。
今年5月の現金10万円給付の際、マイナンバーを使ったオンライン申請を政府は推奨したが、暗証番号を忘れている人が続出。大混乱に拍車をかけたほどだ。
それほど低調なのに、政府がマイナンバーと口座のひもづけを急ぐのは、どういうわけだろうか――。朝日新聞(6月10日付)が「『1人1口座』急転換 10万円給付で混乱の中、総務相が『腹案』」の見出しで、こう伝える。
「個人に給付用口座を登録させて管理するという『発想』は、10万円を配る特別定額給付金をめぐる混乱の中から生まれた」
全国民が番号を持っている米国では、約3週間で支給対象者の大半に小切手が届いた。クレジットカードのインフラが進む韓国でも、約1か月で全国民の99%が支援金を受け取った。しかし日本では、特に首都圏は約1か月で3%にしか届いていない有り様だ。朝日新聞が続ける。
「自民党、公明党、日本維新の会は当初、マイナンバーに個人が任意で登録した口座を結びつける法案をまとめ、今国会に提出した。高市氏はそこからさらに踏み込んで、『こう一歩、国民の利便性を向上させたい』として、『登録義務化』にまで言及した」
つまり、高市氏は自民など3党の「任意」の案ではなく、「義務化」しなければ効果が薄いと判断したのである。ただ、「義務化」には難問が立ちはだかる。朝日新聞が、こう指摘する。
「『ものすごい難問』と漏らす担当者もいる。高市氏は、小さな子どもにも口座を持たせたい考えだが、法整備には子どもの口座開設の仕組みも調べる必要がある。ある内閣府幹部は『口座登録を個人に強制するのは難しく、罰則をつけて強制してもなかなか登録してもらえないのでは』とみる。
すでに案として浮上しているのは、個人が専用サイトに登録するだけでなく、年金や児童手当などの受給で利用されている口座を、登録口座として国がマイナンバーと一緒に管理できるようにすることだ。行政側がすでに把握している口座なら抵抗感が少ない」
というわけだ。
毎日「政府の狙いは全口座義務化」日経「日本は資産隠し多すぎ」
毎日新聞「マイナンバーひもづけ 政府、最終目標は全口座義務化 1口座で『前進』図る」は、「政府は給付金の支給迅速化を大義名分に一部の義務化を実現して、全口座義務化という最終目標に駒を進める構えだ」と、問題点を指摘する。
「政府は当初、全口座ひもづけに動いた。1960年代に佐藤栄作内閣が個人情報を一元管理する『国民総背番号制』の導入を目指して以来の『積年の課題』(首相官邸幹部)を実現できれば、年金・社会保険の保険料徴収や、年金・給付金の支給などのマイナンバー制度本来の目的に近づく」
だが、そこへ黒川弘務・東京高検検事長の賭けマージャン事件が勃発。内閣支持率が急落し、過去の長期政権でもできなかった制度の実現は困難になった。
「結局、高市氏は1口座の登録義務化を先行させることを決め、安倍首相の了承を得た。1つ口座のひもづけを確実に行うことで、給付金のスピード支給を優先させた。そのうえで高市氏は、任意の『全口座ひもづけ』を推進する方針だ」
そして、最終的には佐藤栄作内閣以来の悲願である「全口座ひもづけ義務化」の動きにもっていこうと狙っているのだという。
朝日新聞、毎日新聞ともに識者のコメントを載せて、こうした政府の狙いを批判している。
個人情報に詳しい水永誠二弁護士。
「政府がこれから先、マイナンバーをなるべく多くの口座とひもづけていく導入口に見え、義務化は問題点が大きい」(朝日新聞)
大和総研金融調査部の是枝俊悟研究員。
「行政から一方的にお金が引き落とされないにする仕組みづくりで工夫が必要だ」(毎日新聞)
一方、日本経済新聞は積極的に義務化を推進したい論調のようだ。「マイナンバー登録、1人1口座方針 迅速な現金給付めざす 公平な社会保障に遅れも」という見出しの記事では、いかに日本では「資産隠し」を行う国民が多いかと、批判している。
「高市総務相が(マイナンバーへのひもづけを)1口座に絞ったのは、全口座のひもづけに対し、個人事業主らが反発しているためだ。与党からは『国に資産状況をガラス張りにされたくないという支持者の反対が強い』との声が相次いだ。金融機関は全口座のひもづけが進めば、海外の銀行に預金を移す顧客が出てくるとの懸念を政府に示していた」
日経によると、日本国内の個人の預貯金口座数は約10億にものぼり、国民1人あたり10口座も持ち、世界でも突出して多い。資産を分散してわからないようにしている人が諸外国に比べ、非常に多いのだ。同紙はこう続ける。
「他の先進国では政府が個人の各口座を把握することで、生活に困窮している人を特定して支援できる。日本はこうした仕組みづくりが遅れている。全口座のひもづけの遅れは、税や社会保障の公平な運用にも影響する。生活保護制度では国が資産状況を正確に把握できていないため、収入は少なくても資産を保有している人が対象に含まれる課題が指摘されてきた」
そして、こう結んでいる。
「番号制度を使った行政の効率化は欧州が先行している。スウェーデンなどでは番号を通じて収入データを国が把握し、国民の確定申告の手間はほとんどない。エストニアでは個人番号カードでほぼすべての行政サービスをネットで受けられる」
「国民の大切な情報を粗雑に扱う安倍政権下では反対だ」
さて、ネット上では「口座登録義務化」について、賛成、反対どちらが多いだろうか。ヤフーニュース「みんなの意見」が「マイナンバーに1人1口座登録義務化をどう思うか」と聞いたところ、6月10日14時30分現在(投票総数4万3816票)で、「反対」60%、「賛成」36%、「どちらでもない・わからない」4%と、反対のほうが多かった。
反対の意見の中で特に多かったのは、現金10万円給付の際の大混乱を「口座義務付」の理由にしている政府の姿勢に対する疑問である。
「給付金がネット申請でうまくいかなかった原因は、マイナンバーと個人の口座がひもづけができていなかったからではなく、1人で何度も申請できるなど、システムがあまりにもずさんな構造になっていたためだ。そんなことは、頭のいい官僚諸君にはよくわかっているのに、今回のどさくさに紛れて、国民から反対されてきたひもづけを進めようという意図がみえみえだ。これに気づかない国民が結構いるのだろうなと思うと不安です」
マイナンバー制度の信頼性をもっと高め、普及させることのほうが先だという意見も多い。
「マイナンバーを活用した口座のひもづけは良いと思うが、そもそもマイナンバーの基礎をしっかり固めて、実績を重ねてからすべき事じゃないか? 今回の給付金騒動だってWEB申請の段階でゴタゴタした。マイナンバー制度の目的は、(1)公平・公正な社会の実現(2)国民の利便性の向上(3)行政の効率化だが、マイナンバーと各自治体の住民票システムとの連携がうまくいっていない。だからマイナンバー申請データを自治体が人海戦術で確認を行い、結果、郵送方式よりも時間が掛かってしまった。システムの問題を直すのが先だ」
「信頼性もそうだが、マイナンバーは日ごろの役所がらみの申請などで利便性がほとんど上がっていない。中小企業では従業員のマイナンバー管理に手間がかかってしかたない。源泉徴収されるような個人事業主の場合、先方にマイナンバー通知しなければならず、個人情報がダダ漏れ。1回もマイナンバーが役に立った記憶がない。官僚組織が縦割りだから、ずーっと利用価値が上がらず、普及しないのだと思う」
「コロナの緊急融資の時にマイナンバーの件で自治体に相談したが、民間会社に運営を委託しているらしい。カード読み取り機がいるとか、どこに行けばもらえるのか、値段はいくらか、とか役所の窓口でいろいろ尋ねても教えてもらえず、そのうち断念して郵送に切り替えた。運営会社は? と聞いても教えてもらえないのには呆れた。ひもづけもいいが、委託先の指導をしっかりするべきだ」
IT戦略の能力と、公的文書の管理に問題のある現政権は信頼できないから、反対だという人も非常に多かった。
「今の政府のIT担当能力では10年かかっても無理。78歳のIT担当大臣を即刻クビにして、民間から優秀な若い人をヘッドハンティングしてIT担当大臣と副大臣にしてください。台湾のデジタル大臣オードリー・タンさんクラスの人は、民間で探せば日本にもいるはずです」
「本当は日本も、マイナンバーにひもづけを進めなければならないのはわかっている。しかし、年金システムがハッキング被害にあって、いともたやすく個人情報を奪われたり、公文書改ざんやシュレッダー廃棄など、国民の大切な情報を粗雑に扱ったりする姿を見て、自分の情報も盗まれたり、粗雑に扱われたりするのだろうな、と悲しくなります。現政権、現政治家の作ったシステムには信頼性が皆無と言っても過言ではないと思います。口座情報をひもづける気にはなれません」
「1つの口座のひもづけ義務化も絶対反対だ。まずは甘い口実で1口座登録させ、段階的に全口座をひもづけて、資産から税金を徴収できるシステムをつくるに決まっている。もし、義務化になったら、私はまったく使用していない口座をひもづけます」
「義務化できますか? 生まれたばかりの子も出生届と同時に登録することになるの? 死亡したら口座を抹消するの? などなど、銀行での口座開設や抹消を常に管理する作業が出てきそう。通帳印も作る必要があるし、このような面倒なこと、本当に大丈夫なのか疑問」
「こちとら財産丸裸だよ。全口座オープンでもオッケーだ」
一方、賛成の意見には「私には隠すような資産もないから、堂々と口座をひもづけする」という声が多かった。
「相続税・贈与税等の関係で個人財産を把握するために国(税務署)は調査権を持っているのです。反対の皆さんの気持ちはよくわかりますが、少なくとも個人財産は丸裸と思ったほうがいいですよ」
「1口座ひもづけ義務はいい案だと思います。心配なら普段使っていない口座か、給付用の口座を作って登録すればいい。全口座だと国民からの反発もあるし、何よりどの口座に振り込むのかで手続きがかかります。一番いいのは出生届けを出した時に国や自治体から、解約・振り込み不可の給付のみの口座を渡されるのがいいと思います」
「メインバンクとは別に、国からの入金専用に口座登録しておくのは便利だ。出生届だけで児童手当の申請もできるなら、なおさらだ。こちとら、源泉徴収で財産丸裸。ガラス張りできっちり税金納めている。口座見られると困る、何かやましいことでもしてンのかい? こちとら、こそこそ脱税しているような輩が一網打尽になればいいと思っているから、全口座ひもづけしてほしいくらい」
「もともと脱税する気もないし、後ろ暗い収入もないので、全部ひもづけられたって何も困らない。どうせやるなら、社会保険や国民保険と一体化したほうが理にかなっている。その他給付金の給付、税金の還付、罰金の引き落としなども全部これでできるはず。全省庁で横断的に利用して徹底的に効率化して公務員削減、予算削減、税負担軽減までやらないと意味ないよ」
(福田和郎)