新型コロナウイルスの感染拡大はひとまず抑えられ、政府の緊急事態宣言は解除された。だが、感染が広まる以前の状態に戻るにはほど遠く、わたしたちの暮らしは「ウィズコロナ(コロナとともに)」などといわれるように、コロナの存在が前提となっている。
欠かせないマスクの着用、ソーシャルディスタンスへの意識などで、コロナの存在を意識はする一方で、なかにはコロナ以前のままに振る舞う人もいるのが現実だ。
本書「企業のための新型コロナウイルス対策マニュアル」は、そうしたリスクの過小評価の危険性を指摘。企業が率先して「油断禁物」をリードする重要性を説く。
「企業のための新型コロナウイルス対策マニュアル」(和田耕治著)東洋経済新報社
著者は厚労省の新型インフル専門家会議メンバー
著者の和田耕治氏は、世界保健機関(WHO)、国際労働機関(ILO)のコンサルタントや、厚生労働省の新型インフルエンザ専門家会議委員を経験した感染症・健康危機管理の専門家。本書は、著者が2008年に出版した「企業のための新型インフルエンザ対策マニュアル」(東洋経済新報社)を大幅に改訂し、新型コロナ対策について解説した一冊だ。
企業が組織としてとらなければならない対策を、わかりやすく解説したばかりか、個人がとるべき対策についても丁寧に述べられている。
新型コロナの感染拡大に応じて、すでにBCP(事業継続計画)対策を進めている大企業にとっては、不足がないか確認するチェック用に、また、どこから手をつけていいかわからない中小・零細企業とっては、まさにマニュアルとなるよう、実際の企業の対策事例も紹介している。
緊急事態宣言の解除後、リスクとして指摘されている一つは、夜の繁華街での若者らの行動だ。「3密」への配慮などなく、コロナ以前と変わらぬ振る舞いが目立つ。このことは、新型コロナが従来のインフルエンザなどとは異なる感染の仕方をするもので、どういうふうに広がっていくのかが十分に示されないうちに拡大したと考えられているという。
本書では、感染の様子を「火」にたとえて説明を試みる。
「感染の火だねはヒトからヒトへとつながる」ものだ。そして、火だねを持つヒトは他のヒトに感染させないようにする。問題は「ある感染者が感染していると知らない」場合だ。この感染者が、多くの人々と接触することで、感染を拡大してしまう可能性がある。そして、感染者集団(クラスター)が発生し、やがてメガクラスターと呼ばれる大きな感染者集団を発生させることになる。
感染拡大の機会を減らすために、多くのヒトが接触するような機会をできるだけ作らないようにする必要があるわけだ。
火だねが完全に日本国内から消えることは難しい
新型コロナをめぐっては、2020年が明けるのと前後して中国発の情報がもたらされるようになり、春節直前の1月後半に中国国内で移動や社会活動が制限された。日本への上陸が心配され、国民の注目は中国に向けられていたところで、こんどは、横浜港に入港予定のクルーズ船内で感染者発生の疑いが伝えられる。そして、視線は一斉にクルーズ船に向かった。
当時、国内の感染は拡大の途上にあったけれども、まだそれほど深刻化していない。このころには新型コロナといえば、クルーズ船のことを気にしながらも、多くの人が注目していたのは、今夏に開催予定の東京五輪・パラリンピックのゆくえだった。
このように新型コロナというと、当初の関心の的は、いわば関連のことばかりで、ウイルスの深刻さに向き合うことは後回しになってしまった。こうした経緯や、諸外国に比べて被害の度合いが低いこともあり、「ウィズコロナ」といっても、どこか他人事になっているようなのだ。
著者は、こう警告する。
「そこでの人の移動がある限り、今後も(新型コロナウイルスは)散発的に広がり、やがて場所によっては感染が燃え上がるように発生することがあるだろう」
また、こうも述べている。
「火だねはいったんおさまったとしても、完全に日本国内から消えるということはかなり難しいだろう。特に若い人について軽症であることから、知らない間に感染が広がる可能性がある」
本書では「ヒトが感染するメカニズム」を詳しく説明し、そのリスク算定、感染保護具の選び方を解説。企業の危機管理体制の作り方や従業員・顧客をどう守るかなどから、サプライチェーンの影響の想定、感染による就業禁止や業務中の感染の場合の賃金補償など事業に関わる細部にまで踏み込んで述べられている。
「企業のための新型コロナウイルス対策マニュアル」
和田耕治著
東洋経済新報社
税別1800円