米国の著名な投資家、ジム・ロジャーズ氏は、購入した株式を長期間保有し続ける保守的な投資戦略ではなく、状況によってポジションを変えるなどの投資スタイルで躍進。また、通貨や商品など投資対象の幅を広げ、ヘッジファンドの先駆者として知られている。
先を読むことに定評のあるロジャーズ氏。2008年の「リーマン・ショック」を予測し、2019年には「2020年にも未曾有の危機がやってくる」と予言していた。
「危機の時代 伝説の投資家が語る経済とマネーの未来」(ジム・ロジャーズ著)日経BP
日本も危機の埒外ではない
ジム・ロジャーズ氏は、2020年5月25日に発売された最新刊の本書「危機の時代 伝説の投資家が語る経済とマネーの未来」で、新型コロナウイルスの感染拡大が「予言」した危機の引き金になったと述べ、今回の危機は世界恐慌やリーマン・ショックと同じ流れを汲むと指摘する。
今回までの、それぞれの危機から教訓を引き出し、歴史を振り返りながら今後の世界経済や金融、また米大統領選にまで及んで大胆な予測を述べている。
2020年に経済危機が来ることは、経済紙を毎日隅々まで目を通していれば、前年のうちに気づいた人も多いはず、とロジャーズ氏はいう。インド、トルコなどの国々で財政状況が悪化し、その苦境は当事国ではトップニュースになっていた。
中国では10年ほど前には潤沢だった外貨準備が底をつき、いまは借金漬けになっている。インドでは数年前から、貸出先の債務不履行(デフォルト)が多発。最近になって大手銀行が破たんした。
各国で経済政策の行き詰まりのサインが少しずつ顕在化しており、日本もリーマン・ショックがあった2008年に比べると負債総額が膨れ上がっている。決して危機の埒外にいるわけではないと指摘する。
そこに新型コロナウイルスが襲来。世界経済が大混乱し、企業倒産や失業者増加に対する懸念が急速に高まっている。新型コロナで弾けた格好の経済危機だが、なお悪かったことの一つは、トランプ米大統領が米国と欧州間の人の移動を制限したことだという。
「人が移動できず、直接会えず、働けなくなる。ほかに手がなかったのかもしれないが、それこそが景気減速そのものだ。世界経済にとって最悪で、景気悪化に拍車をかけた。これから企業の経営破綻が世界に広がっていくだろう」
と、ロジャーズ氏はかなり悲観的だ。
揺らぐ「トランプ再選」の確信
2020年秋には米大統領選が控えているが、ロジャーズ氏は、危機の到来を予測してはいたものの、新型コロナの問題が起きるまでは、トランプ大統領が勝つだろうと考えていたという。だが、新型コロナをめぐるトランプ大統領の舵取りを見ていて、その考えに「今は正直、少し自信がなくなった」と吐露する。
「与党が選挙に負けるのは、世界中どこの国でも経済政策の失敗が原因だ。トランプは経済を悪くしようとしている。本当に米国経済を悪化させれば、トランプは選挙で負けるだろう」
新型コロナの感染が深刻化した欧米を中心に、今回の状況が1939年の第二次世界大戦直前と似ているという指摘が米アナリストなどによってされたが、ロジャーズ氏も同じ意見を表明。当時は世界の国々で借金が膨らみ貿易戦争が勃発し、景気が悪化していた。それらが複合的要因となって軍事的対立になった。
ロジャーズ氏は「歴史に学ぶと......」と切り出し、景気が悪化したときには軍事、あるいは貿易での対立で、しばしば戦争が起こると指摘。現在、米国は2001年からアフガニスタンで戦争を続けており、イランとも事実上の戦争状態だが、経済の悪化が多くの戦争とつながってきた歴史にならうと、トランプ大統領が新たな戦争を始める可能性も否定できないという。
コンピューター、ヘルスケアに注目
新型コロナをきっかけにめぐってきた「危機」はまた、新しい時代に向かうチャンスでもある。その兆しとなる変化はすでに始まっており、医療やコンピューター、ヘルスケアに、これまで以上の注目が集まっている。
こうした分野で起こり始めている変化が、今後一気に加速するとロジャーズ氏は予測。「オンライン教育やリモートワークはますます普及する。こうした分野はより速く、すぐにも成長するのでチャンスがある」と指摘する。
とくに、第7章「未来の正しい見方 ―社会の常識を疑え」では、今回のコロナと関連が深そうなテーマで議論を展開。
「オリンピックが国を救ったことはない」
「教育はどんどんオンライン化する」
「MMTはタダで食事を配るような考え方」
「ベーシックインカムの議論はばかげている」
「誕生する巨大なビジネス」
など、投資へのヒントにもなり、個人や企業がどう行動すればいいのかの指標にもなる内容が盛り込まれている。今後のビジネスを見通すうえでも、手がかりとなる一冊。
「危機の時代 伝説の投資家が語る経済とマネーの未来」
ジム・ロジャーズ著
日経BP
税別1600円