昨年(2019年)の為替市場は大変難しい動きでしたが、唯一、英ポンドだけはブレクジットをめぐる攻防から、比較的わかりやすい動きをしたと思います。
特に昨年10月、ジョンソン英首相がバラッカー・アイルランド首相と会談し、解決不可能と思われたアイルランド国境問題に光がさした時、わずか数日でポンド円は130円前後から140円超えへと10円も上昇したのは、記憶に新しいところです。
コロナ・ショックでFTA交渉進まず
その後、12月12日に行われた総選挙でジョンソン首相率いる保守党は大勝し、新しい離脱協定案を賛成多数で可決。2020年1月31日に正式にEU(欧州連合)から離脱しました。
ところが事実上、現在も英国は事実上EUにとどまっています。2月1日からは、いわゆる「移行期間」に入っており、通商を含む将来関係を決める期間とされ、今後英国とEUの間でFTA(自由貿易協定)の締結などがなされるものと期待されています。
しかし、FTAの締結には通常数年かかるといわれています。カナダと欧州の自由貿易協定では4年かかりました。このまま行けば、2020年12月31日を最後に英国は、完全にEUから切り離されますが、貿易に関する取り決めなしに離脱してしまう可能性が出てきています。
もう、すでに忘れていた言葉ですが、いわゆる「合意なき離脱」です。
「合意なき離脱」とは何か――。それは、EUと英国が離脱協定に合意できず、何の取り決めもないままに英国がEUを離脱してしまうことです。
そうなると、今まで同じ国のように行き来していたのに、何の条約関係もない第3国同士となり、すべてのルールを「1」から作り直さなければなりません。当然、貿易は大混乱に陥ります。英国の中央銀行や財務省はGDP(国内総生産)が8%落ち込み、ポンドは対ドルでパリティ(同等)前後まで売り込まれるのではないかと予想していました。「合意なき離脱」の恐怖です。
しかも今年は、新型コロナウィルスの感染症の蔓延という予想外の事態に、各国の動きは滞っています。移行期間はあと半年ほど。それまでにFTAを締結できなければ、「合意なき離脱」と事実上同じことが起こるのです。
迫る! 英国とEU、移行延長の合意期限は6月30日
客観的に言って、2020年12月までにFTAを締結し、スムーズに離脱を実現することは不可能に見えます。移行期限を延長すべきでしょう。その場合、2020年6月30日までに英国とEUの双方が延長について合意すれば、2年以内で1度限り延長することが可能です。
しかし、ジョンソン政権は移行期限延長を拒否しています。移行期限の延長合意を禁じる法案まで通しています。ジョンソン首相の「性格」から言っても、延長しないでしょう。そうなると、忘れ去られていた「合意なき離脱」リスクが亡霊のように蘇ってきます。
2020年6月30日は、あと1か月半ほどですが、ジョンソン政権が延長を受け入れることはないので、俄然「合意なき離脱」リスクが高まります。
個人的には、対ユーロでポンドは0.90を超えるレベルに売られることになると思います。
7月以降も、問題は続くでしょう。新型コロナウィルス対策が一服し、次第に一般社会の状況は落ち着くでしょうが、「合意なき離脱」リスクが再認識され、マーケットは凍りつくでしょう。ユーロポンドが0.90を超えて、事の次第によっては0.95を示現する可能性もあると思われます。
では、2020年12月にハードブレグジットを迎えるのでしょうか?
それは、その時の状況にならないとわかりませんが、可能性はあるでしょう。その場合は、英ポンドがかなり売られます。
しかし、相手はジョンソン首相です。不可能と思われた離脱協定案をEU側に変更させ、合意を実現した人です。EU側もジョンソン首相に対して好意的です。可能性は少し低いですが、FTAの最低限合意しなければならないところに合意し(財の取引は税率ゼロにするなど......)、残った部分を2021年以降の課題ということにして先送りできれば、なんとか間に合うかもしれません。
その場合、ユーロポンドは0.80以下に急転直下となりそうです。(志摩力男)