2020年5月に入って一度は延長された「緊急事態宣言」だが、感染拡大がピークアウトしたことを受け、ようやく政府も宣言の解除を決定した。
一方、緊急事態宣言のなか、平時ではなかなか体験できない貴重な経験もいくつか社会で共有できたように思う。人によっては社会情勢や政策議論の見え方が一変したのではないか。
というわけで、貴重な経験が忘れ去られないように、筆者がここにまとめておこう。
内部留保は勝手に第三者が財源にできない
共産党やれいわ新選組、立憲民主党の一部には、以前から消費税に代わる財源として、企業が積み上げた460兆円におよぶ内部留保に課税すべしとの意見がある。
【参考リンク】志位和夫@shiikazuo 2013年6月20日付大企業の260兆円の内部留保を動かすことがカギです。1%を活用すれば8割の大企業で月額1万円の賃上げが可能。それを突破口にして、消費、内需を活発にし、経済を健全な成長の好循環にのせる。そのためにあらゆる政治的・政策的手段を投入すべきです。
そもそも、そのすべてが現金ではないとか、課税後の利益にまた課税するのかとか、フローの財源としてストックに課税したら、数年でどんな企業も破綻するだろうとか、ツッコミどころ満載の粗雑な議論ではあるが、「もっと金ばらまいてほしい。でも増税はイヤだ」という他力本願の有権者に一定の支持はあった。
ただ、労使からすれば、内部留保の中には「今回のような経済危機に際しても雇用を維持し続けるための兵糧」も含まれている。実際、多くの日本企業が経済活動の縮小に追い込まれつつも、米国のような大規模なレイオフはいまだ発生していない。
【参考リンク】コロナ禍で見直される「内部留保」 手放しでは喜べない(産経新聞2020年5月14日付)
政治家に言われずとも、労使は兵糧を活用して正社員の雇用を守り切るだろう。同時に第三者がそれに手を突っ込むことを許すはずがないし、そんなことを主張している政党との『野党共闘』など、支持政党に認めるはずがないだろう。
ちなみに社会保険料の引き上げにも、労使は一貫して反対の立場なので、今後、国民負担を増やす場合の労使の唯一の選択肢は消費税増税ということになる。
※ むろん、社会保障カットという選択肢もあるにはあるが、少なくとも筆者はそう公言する経営者や労組関係者に会ったことがないのでここでは省く。
金融緩和しようが首相が要請しようが賃金は上がらない
安倍総理は日銀に金融緩和を続けさせつつ、2014年以降7年連続で日本経済団体連合会に賃上げ要請を行ってきた。にもかかわらず、日本人の賃金は上がるどころかジリ貧傾向にある。
【参考リンク】日本、続く賃金低迷 97年比 先進国で唯一減(東京新聞 2019年8月29日付)
もちろん賃上げする余裕はあったものの、今回のような経済危機に備え、労使が兵糧を積み上げてきたわけだ。今回の『成功体験』で自信をつけた労使は、これからもせっせと兵糧をため込む選択をするだろう。
そうそう、2021年4月からは改正高年齢者雇用法が適用となり、企業は従業員に70歳までの雇用を確保することが努力義務となる。『要請』と違い法改正は無視できないので、労使はため込む兵糧の量をもっと増やすと思われる。総理や日銀が何をやったところでこのトレンドは変わりそうにない。
日本は実態としてはとても小さな政府
今回、他国(特に米国)の失業者急増を目にして「やはり終身雇用は正しい」といった声もちらほら耳にするが、じつに浅い考えだ。ふだんから我慢して兵糧をため込んでいただけの話であり、雇用を維持するコストを負担しているのは労働者自身である。
ついでに言うと、そうやって雇用を維持してもらえるのは、あくまでも体力のある大手企業が中心であり、体力のない企業はあっさり従業員を解雇するだろうし、大手であっても非正規雇用は遠慮なく雇止めするだろう。
雇用と社会保障を紐づけたうえで企業に丸投げする副作用として、社会には深刻な格差が生じることになる。
日本型雇用を簡潔にいうなら「兵糧を貯めこむ余裕のある会社に正社員として入社できた人だけが守られるシステム」ということになる。
今回のコロナ禍で、日本がとても小さな政府だという現実を痛感している人は少なくないはずだ。
上記を踏まえれば、アベノミクスはひたすら空虚な政策であり、それを批判する野党の側の対案もまったく中身のないものだというのは明らかだろう。一人でも多くの人がこの事実に気づくことを筆者は祈ってやまない。(城繁幸)