現代のマーケティングの第一人者とされるフィリップ・コトラー氏。米ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院でインターナショナル・マーケティング教授を務め、60を超える著作と100以上の論文がある。なかでも、「マーケティング・マネジメント」は古典的名著とされ、世界中の主要な大学、ビジネス・スクールで手引き書になっている。
本書「コトラーのリテール4.0 デジタルトランスフォーメーション時代の10の法則」で、コトラー氏が着目したのは、小売(リテール)業界。近年、さまざまなビジネスシーンで進められているデジタルトランスフォーメーション(DX)が「リテールのルールを激変させる」とみているからだ。
「コトラーのリテール4.0 デジタルトランスフォーメーション時代の10の法則」(フィリップ・コトラー著、ジュゼッペ・スティリアーノ著、恩藏直人監修、高沢亜砂代訳)朝日新聞出版
デジタル・プレーヤーがリアル店舗に参入するワケ
デジタル革命によって小売業界は、その基礎を揺さぶられた。多くの店がシャッターを下ろし、巨人ぶりを誇った玩具チェーンまでも「退場」に追い込まれた。
しかし、そのデジタル革命の主役であり、新たな巨人であるアマゾンやアリババなどは近年、今後に向けてリアル店舗の運営に乗り出している。
グーグルも近い将来、仮想現実(VR)用のヘッドセット、スマートフォンのピクセル、グーグルホームをプッシュするための店舗、それも旗艦店となるよう規模のものの開設を検討するのではないかという。
「リアル店舗の運営に関わる非効率性を持たないピュア・デジタル・プレーヤー」であるプラットフォーマーが、どうして危機的状況とみなされている市場に参入し「ピュア」であることを放棄しようとしている。なぜなのか――。
デジタル時代にあっては遺物視すらされているリアル小売業。だが、じつは衰退などしていなかった。「小売業におけるデジタル取引は全体の20%に満たない」ことを挙げ、本書では「物理的小売が死に瀕していると宣告するのは、控えめに言っても性急でとわれわれは判断している」。
先端的経営の実例も紹介
デジタル革命がリアル小売業界をひっくり返したようにも受け取られたのは、デジタル・ツールを使う人が増え続けることで誘発された、いわば幻想。その「実」の部分は、本当は変わっていない。閉じられた店のシャッターを開けることも可能かもしれない。
そのためには、小売りの伝統的モデルを時代に合わせて見直すことが求められる。
消費者の購買プロセスは従来、モノの存在を知り、親しみを感じたり関心を持ったりすれば手に入れることを検討し、そして購入となる。だが、デジタルでは、ブランドと顧客との接点である「タッチポイント」が増え、モノの存在を知り、購入に至るまでの「カスタマー・ジャーニー」が決定的に形を変えたという。
インターネットで気になった広告を軽い気持ちでクリックすれば、しばらくは、同じような関連の広告が閲覧する先々に追いかけてくる。こうした進化にリアルな店舗も合わせるべきなのだ。
デジタル化の進展で、葬られたかのようにも言われるリアル店舗はじつはなお健在で、生き残る力もある。さらに、将来は別の意義が加わるはずだ。それを見抜いているのがアマゾンなどのデジタル・プレーヤー。リアルへの参入を準備していることは前に触れたとおりだ。では、リアルを組み込んだ次代のリテールはどういうものなのか――。
リテールのバージョンは、1900年代初めにセルフサービス式が導入された「リテール1.0」から、ショッピング・センターが繁栄した「2.0」、1990年代半ばから漸次進行したECの時代が「3.0」とされる。
そして、次代のリテールが「リテール4.0」。近年のデジタル技術の加速に特徴付けられたものであり、本書では、リテール業界で進行するデジタルトランスフォーメーションの実情をあぶり出しながら、変化を好機とするための「10の法則」を提示する。
また、米アマゾンや仏カルフール、英HSBCなど、グローバル企業の拠点責任者らのインタビューを通じて先端的経営の実例も紹介されている。
「コトラーのリテール4.0 デジタルトランスフォーメーション時代の10の法則」
フィリップ・コトラー著、ジュゼッペ・スティリアーノ著、恩藏直人監修、高沢亜砂代訳
朝日新聞出版
税別2400円