なぜ今、年金改革法なの? コロナ禍のドサクサ紛れに安倍政権がやろうとしていること(鷲尾香一)

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   年金改革関連法案が2020年4月14日から、審議入りした。新型コロナウイルスの感染拡大が続き、国民生活が危機に瀕しているなか、安倍晋三政権による「高齢者いじめ」が続いている。

   今回の年金関連法案は、(1)厚生年金の適用拡大(2)在職老齢年金制度の見直し(3)受給開始時期の選択肢の拡大(4))確定拠出年金(DC)の見直し―― などに関するものだが、その柱となるのは、「受給開始時期の選択肢の拡大」と「在職老齢年金制度の見直し」だろう。

  • 年金改革は「高齢者イジメ」ではないのか!?
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年金受給の開始時期「75歳から」はオトクなのか......

   「受給開始時期の選択肢の拡大」は、現在の公的年金制度で、原則65歳で60~70歳の範囲で選択できる受給開始年齢の選択可能な範囲を、75歳までに拡大する。 65歳から受給を開始した場合の年金額(基準額)に対して、受給開始を1か月遅らせるごとに年金受給額は0.7%増額されるため、単純に計算すれば、70歳からの受給開始では42%、75歳からは84%の増額となる。

   仮に、65歳から受給した場合の年間受給額が100万円とすると、70歳開始なら142万円、75歳開始なら184万円に増額される。

   ただし、65歳から受給を開始した場合と年金の受取総額が同額になる年齢(損益分岐点)は、70歳開始の場合には82歳、75歳開始の場合には87歳だ。

   そのうえ、実際には年金所得が増えれば、それとともに社会保険料などの負担額も増加するため、手取り額の減少幅は大きくなる。さらに年金受給額は、健康保険や介護保険の給付にも影響する。年金所得が多いほど自己負担割合は高くなる。

   年金の手取りベースでは70歳で31%、75歳で64%の増額にしかならない。手取りベースでの損益分岐点(65歳から年金受給を開始した場合に年金の受取総額が同額となる年齢)は、70歳開始なら90歳近くに、75歳開始なら90歳を超えることになる。

   たしかに受給開始年齢を遅らせれば、受取総額は増額する。だが、手取りベースの増額率や保険給付への影響などを考えた場合、受給開始年齢を75歳まで遅らせることに、どの程度のメリットがあるのだろうか――。

これが実態!? 60歳定年で半減した給与を年金で補填

   加えて、今回の改正では年金を65歳より前倒しで受給する場合の減額率の見直しも行われる。年金は60歳から受け取りを開始することができるが、受給開始を1か月早めるごとに、65歳の基準額から0.5%減額されるため、最大で30%の減額となる。

   今回の改正では、減額幅が月0.4%に縮小され、最大の減額幅は24%となる。たとえば65歳からの受給額が年間100万円ならば、現状では70万円のところ、新たな基準では6万円増えて76万円になる。これは年金受給者にとって、大きなメリットかもしれない。

   だが、65歳前に年金受給を開始すると月0.4%年金額が減額され、その年金額が「一生続く」のに加え、障害者となった場合の「障害基礎年金」、夫が亡くなった場合に妻が受け取れる「寡婦年金」などの受給資格がなくなる。

   それでも65歳前に年金受給を開始する背景には、多くの企業は定年後65歳までは、給与を定年時の半額程度に減額しているため、「65歳以前に年金を受け取らないと、生活できない高齢者が多い」という現実があることを忘れてはならない。

年金改革法は「高齢者が長く働かざるを得なくなる」仕組み

   もう一つの柱である「在職老齢年金」は、年金を受け取りながら仕事をして収入を得ている人の場合、65歳以上で月収が47万円、60~64歳なら月28万円を超えると年金支給額が減額される制度の見直しだ。

   現在、在職老齢年金制度により約108万人の年金が減額され、約9000億円の年金給付が止められている。

   今回の改正では60~64歳の上限額が月収47万円まで基準が引き上げられる。理由は、高齢者の労働意欲を高めるためだ。だが、現実的に月収47万円を得ている定年退職者は、どれぐらい存在するのか。

   つまり、今回の年金関連法案は、年金制度が改善され受給額が増加しているように見せかけながらも、実態面では「高齢者がなるべく長く働かざるを得ない仕組み」を作ったものでしかない。

   実際、3月31日には70歳までの就業機会の確保を企業の努力義務とする改正高年齢者雇用安定法など一連の改正法が参院本会議で可決、成立した。2021年4月から適用し、企業は希望する高齢者が70歳まで働ける措置を講じるよう求められることになる。

   さて、現状に鑑みて、新型コロナウイルスの感染拡大で雇用は非常に不安定になっている。

   倒産や廃業、休業に追い込まれる企業が相次いでいる。これに伴い、正社員・非正規社員の解雇、新卒の内定取り消し、派遣社員の雇止め、パート・アルバイトの削減などが発生している。こうした状況下で、高齢者の再雇用は人員調整のターゲットになりやすい。

   厚生労働省が今、行わなければならないのは年金関連法の改正ではなく、雇用を維持できる施策を打ち出すことだ。

   実際、厚労省内部からは「新型コロナウイルス対策に全力を注がなければならない時期で、人手が足りないなか、なぜ年金改革なのか」との声も聞かれる。

   政府は年金関連法の今国会での成立を目指しているが、政治が今やるべきことは新型コロナウイルス対策のひと言に尽きる。「3密」の委員会室や議事会場に集まり、愚の骨頂のような審議をするのではなく、議員一人ひとりが「国民の命を守る」ことを真摯に考えてほしい。(鷲尾香一)

鷲尾香一(わしお・きょういち)
鷲尾香一(わしお・こういち)
経済ジャーナリスト
元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで、さまざまな分野で取材。執筆活動を行っている。
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