「アベノマスク」......。「アベノミクス」同様に安倍晋三首相が行った施策の一つとしてすっかり定着。ひょっとしたら、今年(2020年)の流行語大賞になるかもしれない時事用語だが......。
インターネット百科事典「ウィキペディア」(Wikipedia)が用語の一つとして取り上げて解説したところ、「削除すべきだ」という要求が相次ぎ大論争が起こっている。
「アベノマスク」は政府の施策を揶揄する蔑称(差別語)だという。しかも、執筆内容が「アンチ安倍首相に偏っており中立性に欠ける」というのだ。いったいどういうことか。
「安倍首相批判ありきで執筆内容が偏向している」
2020年4月23日現在、ウィキペディアの「アベノマスク」の項目を見ると、
「現在、削除の方針に従って、この項目の一部の版または全体を削除することが審議されています」
と記載されており、そこをクリックすると「審議」の中身を見ることができる。
「アベノマスク」については、こう解説している。
「アベノマスクとは、2019年新型コロナウイルス感染症の流行による2020年2月以降の日本国内でのマスク不足に伴い、2020年に日本国政府が全世帯にガーゼ製の布マスクを2枚ずつ配布するという、安倍晋三内閣総理大臣の言う緊急対応策の一つ。または、それにより配布される布マスクの俗称である。
2020年、新型コロナウイルス感染症の流行によって、パンデミックを起こすと、世界中の市場からマスクが消え、日本でも入手が非常に困難になった。そこで、政府は2020年4月7日に閣議決定された「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」により布製マスクを一般家庭に配布した。(中略)マスクの購入費用として政府は1枚当たり260円程度かけており、全世帯2枚ずつの配布を行うには466億円がかかる見通しという......」
以下、長々と記述が続くが、いったい何が問題になっているのか。
そもそもウィキペディアは多くの執筆者が記事(項目の解説)を執筆する。しかし、内容の誤りや個人の中傷などの問題も生じるため、項目ごとに「削除依頼」のサイトがあり、そこに記述内容に問題個所があると、意見を書き込むことができる。
それに対して、執筆者や記事の存続を望む人から回答やコメントがあり、双方で論戦を繰り広げる。
もちろん、ウィキペディアにはプライバシーの侵害、明らかな事実誤認など「即時削除の方針」も記載されており、それに合致すると管理者(削除などの権限をコミュニティーから認められたユーザー)が即座に削除する仕組みだ。
しかし、今回は非常に多岐にわたる論点で細かな応酬が重ねられており、管理者は論争の行方を見守っているようだ。
論争の中身をみると、問題点はざっくり言うと執筆内容に「アンチ安倍首相の政治的な偏向が見られる」ということらしい。
削除要求者の一人は、そもそも「アベノミクス」を用語の項目として取り上げるのがおかしいと、こう主張するのだった。
「新聞報道においても批判や皮肉として用いられていると言及されているように、一時的な語句であることが否定できません。現在進行中の事象であり、将来的に何等かの分析が行われた後ならともかく、現時点においては記事内容を見ても独立記事として存続させる意義を見出せません」
まだ、歴史的な評価が定まっていないということのようだ。さらに「まず安倍批判ありきで中立的はない」という主張が多くみられた。
「記事に参加している人(編集部注:執筆者たち)の多くは安倍政権批判ありきで中立的視点から記載しようという姿勢が欠如しているように思えます。これが非自民政権の政策だったら当該編集者が同様の執筆をしたのか個人的には疑問です」
「少なくとも今回のマスク配布に好意的な意見もある訳ですし、政府としては『医療機関にサージカルマスクを優先的に回すため』にこの施策を行なっている訳で、そちらへの言及が前提になるべきです」
「保守的と言われる産経新聞も使っていますよ」
これらの意見に対して、執筆者や項目の存続を望む人々は、こう反論する。
「アベノマスクという用語はたくさんのメディアにあります。AFPから朝日から、おそらくすべてに近い日本語メディアに見られます。ある意味、一つの社会現象ですし、保守的見地から不快に感じるのであれば、布マスクを配ることが防疫に役立つという意見を、出典を挙げつつ紹介することもできるわけです。どちらの視点から書くこともできますが、それは今後ご参加下さる書き手さんに期待したいと思っております」
「ニュース記事検索をしたところ、アベノマスクと題するメディアの記事が100件以上、出てきました。保守的と言われる産経新聞にもその表題の記事がありますし、アベノマスクという用語が実在し、広く使われていることは疑いないのですから、用語を説明する記事を作ってよろしいと思います」
これに対して削除派は、こう記述している。
「蔑称である『アベノマスク』では記事名として不適切すぎます」
差別語だから載せるべきではないというのだ。存続派は、こう反論する。
「政府がこのマスクに正式名称をつけるまではアベノマスクでよろしいかと思います。例えば、『匈奴』という項目がありますが、これは古代に中国人がモンゴル高原の民族を指して付けた蔑称ですが、他に名称がないためにその名前で記事になっております」
「アベノマスクは蔑称でしょうかね? あだ名であることは、間違いないですが。まあ、いいのではないでしょうか。古代ローマの皇帝ウェスパシアヌスが、公衆トイレを使う市民から料金を取るようになると、市民たちは以後、公衆トイレをヴェスパシアーノ(Vespasiano)と呼ぶようになったそうです。イタリアでは現代でも男子公衆トイレのことをそう呼ぶそうですが、人間の歴史ではそんなことは、ままあることです」
などと論争は古代中国、古代ローマの歴史にまで飛んでいるのだった。「アベノマスク」がウィキペディアから削除されるのかどうか、しばらく目が離せない。
(福田和郎)