新型コロナウイルスの感染拡大が止まりません。安倍晋三首相は「人と人との接触を8割減そう」と、自ら「家でくつろぐ姿」を配信して「Stay at home」(家で過ごそう)と訴えました。
一方、スーパーや商店街、「湘南の海」には相変わらず人が集まっているようで、「このままでは感染抑止にならない!」との悲鳴も聞こえてきます。なぜ、「外出自粛」が思うように浸透しないのか――。原因は「アベノ炎上動画」ではなく、「Stay at home」の呼びかけ方にあるようです。
海外では「人の命を救うため」と「目的」に重点
日本では「Stay at home」(家で過ごそう)のメッセージが広がっていますが、じつは、これだけでは「完成形」とは言えないようです。世界的には「Stay at home, Save lives」(家で過ごそう、命を救おう)のメッセージが一般的で、「Save lives」(命を救う)とセットで使われているからです。
解説するまでもないですが、「stay at home」(家で過ごそう)は「手段」であり、「save lives」(命を救おう)が「目的」になります。つまり、何のために「家で過ごす」のか、なぜ外出を自粛しなければいけないのか、その目的は「命を救うためだ」という、極めて具体的なメッセージなのです。
英国では、3月下旬にロックダウンが始まるやいなや、次のメッセージが国民的スローガンになりました。
Stay at home, protect the NHS, save lives.
(家で過ごそう、NHSを守ろう、命を救うために)
NHS(National Health Service)とは、英国の国営医療サービスで、簡単に言うと病院(及び医療関係者)のことです。このメッセージからは、欧米式の逆算思考が読み取れます。
新型コロナウイルスもそうですが、感染症対策のゴールは「被害者(死者)を最小限にとどめること」です。最終的なゴールは「死者ゼロ」つまり「撲滅」です。
爆発的なウイルス感染拡大のなかで「死者を最小限にとどめる」という「目的」を達成するためには、どんな「手段」が必要か。おそらく次のような思考プロセスになるでしょう。
(1)死者を減らす→(2)医療体制の維持が必要→(3)感染者を減らして医療崩壊を防ぐ→(4)そのために感染ルートを断つ→(5)人と人との接触を減らす→(6)外出をしない
「Stay at home, protect the NHS, save lives」のメッセージの場合、「Stay at home」(家で過ごそう)は、このプロセスの(6)になり、「protect the NHS」(NHSを守ろう)は、(2)および(3)、最後の「save lives」(命を救おう)が(1)になります。
英国NHSのホームぺージでも「NHSを守り、命を救うために、あなたにできることは家に居ることです」と訴えています。「外出自粛」は「手段」に過ぎないことが明確です。
一方、「外出を自粛しよう」「家で過ごそう」「人と人との接触を8割減らそう」と訴えるだけでは、「手段」ばかりがクローズアップされて「命を救うために」という「目的」が希薄になってしまいます。政府や専門家会議、都道府県知事らが「どうやって8割減を達成するか」とやっきになっている姿を見ると、「手段」が「目的」にすり替わってしまった印象を受けます。
ビジネスや語学の取得もそうですが、「手段」が目的になると成果が上がりにくくなります。「売り上げを増やす」(目的)のための「手段」である「毎日10件訪問すること」がいつのまにか「目的」になっていたり、「TOEICのスコアを上げる」(目的)よりも「毎日単語を5つ覚える」(手段)が「目的」になっていたり、です。
「Save lives」には、自分が感染しないことはもちろんですが、「他人の命を救う」ことが重視されています。「Stay at home, Save lives」とセットで広がると、「もし感染しても自己責任」といった風潮も薄まるのではないでしょうか?
世界の「リーダー」が初めに明かしたのは「最悪のケース」
すでに多くの方が指摘していますが、海外メディアでは「クラスター」というワードはあまり目にしません。各国のリーダーが国民に感染防止の協力を呼びかけた手法も日本とは異なっていました。
トランプ米大統領も、マクロン仏大統領もメルケル独首相もジョンソン英首相も、共通していたのは「初めに最悪のケース」を明らかにしたことです。
「感染症対策を何もしない」場合に「最悪の場合○○万人死亡する」可能性を明示。次に「死者を○○人に押さえたい」という目標を示す。そして「人と人との接触で感染が広がる」といったウイルスの特性を強調して「感染ルートを断つために外出を控えてほしい」と「手段」を強く訴えました。
日本では、「フランスは休業補償を○万円払った」「申請してたった○日でお金がもらえた」といった諸外国の手厚い補償が注目を集めましたが、休業補償さえも「手段」に過ぎません。「死者を最小限に抑えるために家にいてほしい。そのために必要なお金は国が補償する」という考えです。
最初に「○○万人死亡する可能性がある」と発した効果は、「誰でもウイルスに感染する可能性がある」ことを実感させたことでしょう。多くの人が、ウイルス感染は「他人ごと」ではなく「自分ごと」だと認識しました。
一方、日本では、「ライブハウス」や「スポーツジム」、「夜の歓楽街や飲食店」での感染リスクが強調され過ぎて、「特定の行動をした一部の人だけが感染する」という誤ったイメージが広まってしまいました。感染者へのいやがらせや医療従事者へのリスペクトの欠如につながっていないでしょうか?
緊急事態宣言の対象が全国に広がり、ゴールデンウイークを控えて「外出自粛」の要請がさらに強まっています。今こそ「Stay at home, Stay lives」(命を救うために家で過ごそう)のメッセージが重要です。
そこで安倍首相にお願いです。「人との接触を8割減らそう」と「手段」ばかり要請するよりも、「Stay at home, Stay lives」(命を救うために家で過ごそう)と、「手段」の先にある「目的」を伝えていただけないでしょうか。
「輝かしい日本」を取り戻すことでも「経済をV字復活」することでもない。私たち一人ひとりの「命」を守ることが一番大切な「目的」なのですから。(井津川倫子)