出版不況といわれて久しい。IT化、デジタル化が要因とされるが、本書「ベストセラーの値段 お金を払って出版する経営者たち」によれば、そればかりではなく、「時代に合わせてビジネスモデルを変えられない、出版業界の旧態依然としたやり方にも大きな問題がある」という。
本書は、時代に合わせた出版を考えるのがテーマ。提案するのは、マーケティングツールとしてのビジネス書の出版だ。
出版不況の中でもビジネス書は、マーケティング利用に波に乗り、近年にわかに盛り上がりをみせており、ブームとも捉えられているという。
ベストセラーを作り出す
書籍を出版して、ある程度の投資をすれば「ベストセラー」と作ることが可能だ。投資の方法は3つあり、それは(1)広告(2)自己買取(3)書店買取――。このうち、自己買取は、初版部数の何割かの買い取りを約束して出版を確実にするやり方。書店買取は、書店に「この本は売れる」と認識させ、店内の目立つ場所への配置を促すわけだ。
出版業界の2019年の相場感では、3000万円ほどあれば3万部以上の売り上げが見込める。現代は「初版5000部あれば『すごいね』といわれる」時代。そうしたなかでは「大成功」といえるベストセラーだ。そこまでいかずとも、1000万円使えば「成功ライン」である1万部が見えてくるという。
どうして、高額のコストをかけてベストセラーを?
ビジネス書の著者は、たいていが投資家や経営者。専業の作家という場合は珍しく、本業が別にある人たちだ。たとえば、スマホアプリを作っている会社の経営社が本を出し、3万部売れたとする、(自分の買い取り分を除いて)3万人近い人が著者のことや、会社のこと、商品であるアプリのことを知るようになる。
つまり、3000万円の投資は、「本を売るため」ではなく「自社や自社製品のマーケティング」のためであり、テレビCMや商品の広告に対するのと同じものなのだ。
しかも、1冊の本は新聞広告1ページや、30秒のテレビCMと比べて提供できる情報量は格段に多い。また、本に興味を持って手にしてくれた人たちは、テレビCMを漫然と眺めている視聴者に比べて、「圧倒的に質の高い潜在顧客」だ。
会社規模にもよるが、広告やマーケティングのための額として3000万円は「決して目を疑うほど高額というわけではない」というのが著者の主張だ。
ビジネス書は絶好のマーケティングツール
著者の水野俊哉さんは、ビジネス書作家として活動する一方、出版プロデュースやコンサルティングを手がける。以前はベンチャー企業の経営者。上場寸前まで成長を遂げたが急激な業績悪化で、3億円の負債を抱える身となり「地獄のような日々」を過ごした経験を持つ。
その後、経営コンサルタントとして立て直しを図りながら執筆した本がベストセラーとなり、それを機に本業のコンサルティングの売り上げが飛躍的に向上。事業を伸ばすための有効なマーケティングの一つして、出版が持つ可能性の大きさを知ったという。
出版業界で長らく仕事をしている水野さんだが、その水野さんをして「出版業界はオワコン」という。それは出版業界独特のビジネス慣習のせいで、出版社は売れないとわかっていても、出版点数を維持しなければならない事情があったり、書籍に赤字が出てもそれを補っていた雑誌の売り上げが何年も続けて下落したりしていることが理由だ。出版不況はながらく改善されない構造的なものという。本書で示したのは、その改革案の一つ。
足掛がかりにしたのが、書籍部門だ。書籍のほうは雑誌ほどの減少はなく、一部のジャンルでは前年比で売上増を記録している。特にビジネス書は「ブーム」との指摘があるほど好調。そのビジネス書ブームの背景にあるのが、ベストセラー作りをプロセスに取り込んだ「本の売り方」なのだ。
著者自身も出版がきっかけで「会社の業績を伸ばすことができた」という。その経験で得たものが「本書のキモとなる部分」。現代では、商品やサービスを消費者に知ってもらう手段として、テレビCMなどメディアを使った広告のほか、自社サイトのSEO(検索エンジン最適化)改善や、SNSへの働きかけ強化が考えられる。
「しかし、あなたがそういった施策をしたうえで、事業が伸び悩んでいるのだとしたら、出版がブレイクスルーのきっかけになるかもしれない」と、一読を呼び掛けている。
「ベストセラーの値段 お金を払って出版する経営者たち」
水野俊哉著
秀和システム
税別1500円