【襲来!新型コロナウイルス】シンクタンクが読む東京五輪延期の経済損失 「大量の失業者」の危機か?

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   今夏に予定されていた東京五輪・パラリンピックが新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受け、来年(2021年)夏までに延期することが、2020年3月24日決まった。

   昨年の消費増税以来の消費の落ち込みに加え、コロナ不況の追い打ちを受けて下降線の一途をたどっている日本経済。その救世主と期待されていた東京五輪の1年延期で、日本経済はどうなるのか。

   国内の経済系シンクタンクが相次いで緊急レポートを発表している。そこからエコノミストたちの分析と予想を読み解くと――。

  • 延期になった東京五輪(写真はイメージ)
    延期になった東京五輪(写真はイメージ)
  • 延期になった東京五輪(写真はイメージ)

東京圏内の150万人の非正規雇用の人たちが危ない

   ニッセイ基礎研究所のチーフエコノミスト・矢嶋康次氏と研究員・鈴木智也氏がまとめた「東京五輪延期の公算-経済押上げ効果『2兆円程度』が剥落か」(2020年3月24日付)は、まず「東京五輪が中止ではなく、延期に落ち着こうとしていることには、まだ救いがあると言える」としながらも、経済の落ち込みをこう予想する。

「当研究所の試算では、東京五輪は2014年度から2020年度までの7年間に約10兆円(国内総生産=GDPの2%弱、年平均では0.2%強)、国内経済を押し上げる効果があると見込んでいた。2020年度単年では、まだ2兆円程度が実現していない。五輪開催が延期されれば、この効果(需要)が先送りされる。すでに関連施設の建設投資などで効果はかなり顕在化しているとは言え、観光業やサービス業、グッズの製造販売などで影響が大きく出てきそうだ」

   そして、こう指摘する。

「今後、東京五輪の開催延期で、企業が事業縮小や倒産などを余儀なくされれば、悪影響は雇用へと及ぶだろう。特に、今回のような公衆衛生上の緊急事態では、経済活動の自粛や信用不安の影響がいつまで続くのか見通せない。既に中小企業の資金繰りや企業業績は悪化しており、どこまで耐えられるのか、非常に心配な状況になりつつある」

   多くの失業者が出る心配があるとして、矢嶋氏らが注目するのはリーマン・ショック時と現在のコロナ禍時との違いだ。

(図表1)リーマン・ショック時と現在の雇用形態の比較(ニッセイ基礎研究所作成)
(図表1)リーマン・ショック時と現在の雇用形態の比較(ニッセイ基礎研究所作成)

   図表1を見てほしい。雇用が不安定な非正規雇用者は、2008年のリーマン・ショック時以降に469万人も増加している。特に東京五輪の開催地である東京圏内では151万人も増えている。

   単純に、この151万人の非正規雇用者が一斉に失業したと仮定すると、失業率は足元の2.4%から4.6%まで上昇することになる。東京五輪需要を見込んで「人員」を積み増してきた企業もあるはずだ。今後、1年間待てずに、こうした人たちの雇用が切られる可能性も出てくる。

   もう一つ、矢嶋氏らが注目したのは、「GDPギャップ」の動きだ=図表2参照。GDPギャップとは、一国の経済全体の需給バランスを示す指標で、GDPギャップが、プラス(需要が供給を上回っている状態)を維持している時には、経済が好調で物価に上昇圧力がかかった状態を示す。

   一方、マイナス(供給が需要を上回っている状態)の時には、設備や人員に過剰感が生まれて物価に下押し圧力がかかった状態を示す。

(図表2)GDPギャップの推移(ニッセイ基礎研究所作成)
(図表2)GDPギャップの推移(ニッセイ基礎研究所作成)

   このGDPギャップの動きから、東京五輪延期が国内の経済像を数年間に渡って変化させる可能性もあることが見てとれるという。具体的にはこういうことだ。

「内閣府の発表によれば、2019年10~12月期のGDPギャップは、4四半期ぶりにマイナス転換してマイナス1.5%になった。これは消費増税などの影響で、実体経済が急速に悪化してきたことを意味している。さらに今後は、コロナ禍の影響が加わる。3月のESPフォーキャスト調査(日本経済の将来予測に関する調査)をもとにGDPギャップを延伸してみると、2020年1~3月期にはマイナス2.5%のギャップが生じる=図表2
「この調査時点では、東京五輪延期は織り込まれておらず、2020年後半にギャップが縮小していく絵姿となっているのは、その頃にコロナ禍が最悪期を脱し、東京五輪で経済が持ち直すとの見立てがあったからだ。東京五輪延期は、経済予測を支えていた、いわば『つっぱり棒』を外すことを意味する」

というのだ。

   逆に言えば、唯一の支えであった今年7月の東京五輪開催が外された日本経済は、一気に下降線をたどっていく心配があるわけだ。

「新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからず、東京五輪開催延期になれば、GDPギャップの落ち込みは足元の数字よりも大きくなり、エコノミストの予測も『その先なかなか改善しない』との悲観に傾いてしまうのではないだろうか」

   では、どうしたらよいのだろうか。矢嶋氏らはこうアドバイスする。

「国内外で悪条件は重なるが、東京五輪は実現しなければならない。そのためには、国内の感染を終息させることが最低条件となる。同時に現金給付などによる国民生活の下支え、資金繰り支援策の強化による倒産抑止と失業者の急増回避。緊急避難的な支援策を急ぎ拡充する必要がある。そして、新型コロナの災禍を終息させた後には、消費税引き下げやキャッシュレス還元拡充などで需要を喚起し、経済を再び力強い成長軌道に回帰させる必要がある」

欧米経済の悪化で輸出中心の大企業がピンチになる

東京五輪のメイン会場となる新国立競技場
東京五輪のメイン会場となる新国立競技場

   野村総合研究所のエグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏の「東京五輪の延期と深刻な景気後退の可能性」(2020年3月23日付)は、まず「東京五輪が1年間延期されても、今年の国内景気がその分悪化するわけではない」と、クギを刺す。

   木内氏は、新型コロナ関連によって2020年GDPが押し下げられる影響を要因別に概算した(それぞれ1年間続く場合の影響)。

(1)インバウンド需要の落ち込み(海外観光客数前年比9割減)=マイナス0.81%
(2)中国経済の悪化(GDP4%下落)=マイナス0.24%
(3)中国以外の海外経済の悪化(GDP2%下落)=マイナス0.50%
(4)国内消費自粛(東日本大震災時の4倍)=マイナス1.67%
(5)東京五輪延期の影響=マイナス0.36%

   このうち、日本経済に大きな悪影響を及ぼしているのは、当初はインバウンド需要の落ち込みだったが、その後は中国経済の悪化、国内消費自粛へとその比重を移している。今後は、欧米を中心とした海外経済の深刻な悪化によるマイナス効果が強まる局面へと入っていく。

   木内氏はこう説明する。

「中国経済は4~6月期には回復が見込まれるが、米国では4~6月期の実質GDP成長率は前期比年率で2桁のマイナスが広く予想されている。ユーロ圏でも4-6月期は大幅なマイナス成長が避けられない。そのため日本の輸出環境は急速な悪化が避けられない状況だ。国内産業で、現在最も大きな打撃を受けているのは、インバウンド需要の減少や国内サービス消費の自粛の影響を受ける、観光業、宿泊業、アミューズメント関連などであり、中小・零細企業が中心である(航空業界を除く)」

   しかし、この先、国内での新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかかってくれば、国内サービス消費の自粛の影響は徐々に和らいでいく。それに代わって、より大きな打撃を受けるのは、大企業中心の輸出関連産業となっていくというのだ。つまり、現在は中小企業がダメージを受けているが、4月以降は大企業が打撃を受け始めるというのだ。

   ところで、現在のコロナ禍をリーマン・ショック時と比較する見方が多いが、木内氏はこう分析している。

「リーマン・ショック後の世界経済を大きく特徴づけたのは、短期的な経済の落ち込み以上に、経済の潜在力の低下という構造変化が引き起こされてしまった点だ。それをもたらしたのは金融危機だ。金融市場や銀行の金融仲介機能が低下したことで、お金が円滑に回らなくなったためだ」
「今回は金融危機さえ回避できれば、短期的な経済の落ち込みはリーマン・ショック並みであっても、比較的早期に正常化しやすい。日本の場合、最も重要なのは銀行によるドルの調達に支障を生じさせないことだ。それは、日本の輸入の約7割がドル建ての契約・決済であるためだ。その結果、輸入業者は銀行を通じてドルを調達できないと原材料などの輸入が滞り、国内での生産活動に大きな支障が生じてしまう」

   だから、木内氏はこうアドバイスするのだった。

「これこそがリーマン・ショックの際に、震源地ではない日本の経済活動の落ち込みが、主要国の中で最も大きくなった理由である。ドルの安定確保は、日本にとってはまさに生命線なのだ。この観点から、日本銀行は銀行や企業のドル確保のために、最大限の施策を講じるべきだ」

「東日本大震災の助け合いを思い出し、乗り切ろう!」

   第一生命経済研究所の首席エコノミスト・熊野英生氏の「五輪延期シナリオの検討~万一の備えとしての経済対策~」(2020年3月19日付)も、「今年7月開催の東京五輪こそがコロナ不況に対する最高の特効薬。延期すれば景気シナリオが狂う」という立場だ

   具体的には東京五輪延期によってどうなるのだろうか。

「2020 年度に予定されていた需要拡大の見通しが狂ってしまう=下図1参照。3 月のESPフォーキャスト調査によると、2020 年度の実質成長率見通しは平均マイナス0.16%だった。この結果を延長して試算すると、見通しがマイナス0.39%ほど下振れして成長率見通しはマイナス0.55%まで幅が広がってしまう。また、新型コロナによる景気悪化は、すでに2019 年度の実質成長率をマイナス0.72%ほど押し下げるインパクトがある。ここに東京五輪延期が加われば、マイナス・インパクトはさらに大きくなり、マイナス1.11%という計算だ」
(図表1)景気シナリオの修正(第一生命経済研究所作成)
(図表1)景気シナリオの修正(第一生命経済研究所作成)
 

   ただし、この試算には新型コロナが2020 年度の成長率に及ぼす悪影響は十分には織り込めていない。悪影響が長期化すれば、コロナ・ショックの惨禍はマイナス1.11%どころでは済まなくなる。

   さて、こうした狂ってしまった景気シナリオを救済する経済対策にはいくら必要だろうか。熊野氏はわかりやすい概念図でそれを説明している=下図2参照

(図表2)イベントごとの成長インパクト(第一生命経済研究所作成)
(図表2)イベントごとの成長インパクト(第一生命経済研究所作成)

   2019・2020 年度における経済ショック・経済イベントの効果として大きいものを並べてみたのが図表2だ(カッコ内はそれぞれのインパクトの金額)。

(1)消費税増税の反動減
(2)コロナ・ショックの打撃
(3)東京五輪開催の刺激効果
(4)2019 年12 月に決まった大型経済対策の効果

の4つが挙げられる。

   以前の新型コロナの影響がなかった段階では、(1)の増税のダメージを(3)の東京五輪開催と(4)の大型経済政策で相殺することが予想されていた。しかし、コロナ・ショックによって(2)が加わってトータルの成長見通しが大きく下振れする。そこへ五輪延期が加わると、成長シナリオはさらに下振れする。

   経済はもともと成長するポテンシャルが備わっていて、その力によって経済成長は安定(プラス4.3 兆円の押上げ、0.81%)するのだが、今回のコロナ・ショックはそれをほとんど食い尽くしてしまう可能性がある。

   それを実数で表すと、コロナ発生前は、トータルでプラス6.1 兆円だったのがコロナ発生後はプラス2.3 兆円に減少。そして五輪延期の時はプラス0.2 兆円まで小さくなる。「これは重大な危機だ」と熊野氏は危機感を抱く。

   そして、こうアドバイスするのだった。

「東日本大震災を忘れるなと言いたい。今、私たちの目の前に広がっている光景は、実にネガティブな発想に基づく行動ばかりだ。困難に対して受け身の姿勢で、自分の身や立場を守ろうとする行動が目につく。しかし、震災の時はそうではなかった。被災者をみて『がんばろう、東北』『応援消費』『みんなで助け合おう』という気炎が各地で上がった。
日本各地のリーダーたちは、鮮明にそれを記憶しているはずだ。今のダメージは、ホテル・飲食店、レジャー、航空など交通といったセクターに集中している。感染が一定まで終息した後は、皆で宴会を開き、飲食店を活用しよう。旅行、レジャーも事業者を助けるつもりでやればよい。マクロの経済対策も必要だが、それ以上にリーダーが国を奮起させることがより重要だと思う」

(福田和郎)

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