著名タレントによる脱税の表面化や消費増税があった2019年秋以降、引き続き税金への関心が高まっている。そうしたなか、税法の専門家から、興味深い問題が投げかけられた。
本書「ホームラン・ボールを拾って売ったら二回課税されるのか」がそれ。「えっ、ホームラン・ボールって税金がかかるの?」「しかも、二回?」と、タイトルからもギョッとするが......。
オークションサイトやフリマアプリが身近なツールになり、お宝ハンターや「転売ヤー」の活動が盛んになった現代にぴったりな税金の教科書。
「ホームラン・ボールを拾って売ったら2回課税されるのか」(浅妻章如著) 中央経済社
「興奮」感じる「二重課税」
著者の浅妻章如さんは、立教大学法学部教授。租税法学が専門で、研究対象の一つである「二重課税」について考えるきっかけを広く提供したいことが動機になって本書を執筆。初の単著という。
じつは、「二重課税」は身近な問題。その性質上、課税側と納税側とで意見が対立することがしばしばで、裁判が最高裁まで持ち込まれたケースがある。争いとなった場合の裁きは、ひと筋縄ではいかいない。
著者によれば、二重課税は「100年経っても租税法学の中で共通理解が達成されそうにない難題」で、その難題ぶりに「興奮」を感じているという。そして、その興奮を、多くの人に認識を共にしてもらいたいと、テーマに選んだ。
とはいえ、税金の話は一般の人には、やはり取っつきにくい。著者も「租税法学の入門書ではない」と断って、タイトルに惹かれて手にとった読者を突き放す。しかし、二重課税をめぐる「興奮」を共有したいとの思いは強く、「租税専門家以外を想定読者として書いた」。一般向けとしたことに、「私自身が難題と感じる興奮を、さまざまな機会にお伝えしたいと考えているから」と説明した。
バリー・ボンズのホームラン・ボール
取っつきにくい話には「ツカミ」が大事だ。第1章は、本書のタイトルと同じ「ホームラン・ボールを拾って売ったら二回課税されるのか」。主役のボールには、2007年8月7日、米大リーグ(MLB)で、ジャイアンツのバリー・ボンズ選手が本拠地のサンフランシスコで放った通算756本目のホームラン。ハンク・アーロンの755本を抜いて新記録となった1本だ。
新記録のホームラン・ボールは当時、50万ドル(本書では1ドル=100円として5000万円と換算)の価値とみられたが、ニューヨークから訪れ、ボールをゲットする幸運に恵まれた若者は部屋に飾っておく意向を述べていた。
若者は結局、ボールを競売にかけて大金を得るのだが、本書ではまず、売らなかった場合に日本の税法ではどうなるかを、みている。果たして課税されるのか――。
ボールは所得税法の「一時所得」に該当。一時所得は半分だけが総所得金額として課税対象(課税標準)となる。ボールが5000万円とすると、一時所得の特別控除額50万円を控除した4950万円の半分、2475万円が課税標準となる。
拾得者が、給与所得などで収入がある場合、それと合算されて課税標準になるそうだ。
ボンズの新記録のホームラン・ボールを手にした若者は、持っているだけで税金がかかると知らされたことを理由に、そんなお金は無理と、競売に出品。80万ドル(8000万円)で落札された。日本の税法では、どう扱われるだろうか。
拾得した時点で5000万円の一時所得があるとして課税標準に算入されたのだから、8000万円で譲渡された場合は差額の3000万円は譲渡益とみるのが、素直だろう。だが、所得税法ではそのような素直な見方にならず、「譲渡益」は収入金額から取得費用を引いた金額で、ボールの拾得者のそれは0(ゼロ)円。8000万円が譲渡益となるのだ。
つまり、ボール拾得者は、競売を通じて8000万円を手にしたのに、5000万円の一時取得と、8000万円の譲渡益が所得税法上で認識され、二回課税される事態(二重課税)が生じてしまいかねないのだ。
この二重課税はおかしいのか、おかしくないのか――。ホームラン・ボールで指摘したことが「本書を通底する疑問」と著者。お宝をゲットしてオークションサイトに出品、思わぬ大金を転がり込んだりしたときは要注意だ。
「ホームラン・ボールを拾って売ったら二回課税されるのか」
浅妻章如著
中央経済社
税別2800円