経営状態に問題がないにもかかわらず、早期退職募集などのリストラに手をつける企業が目立っている。いわゆる「黒字リストラ」と呼ばれるものだ。
きっかけは以前、このコラムで書いたように、昨年(2019年)に政府が長期の成長戦略の中で「企業に70歳雇用を促す」と明記したことが大きい。とても70歳まで、全員は面倒みられないので今のうちに中高年をスリム化しておこうというわけだ。
【参考リンク】「これで解決『やる気のないオジサン』問題 黒字企業の早期退職募集が大流行するぞ!」(J-CASTニュース 会社ウオッチ2019年10月7日付)
一方で、2000年前後のリストラの際に見られたような、「圧迫面談」や露骨な追い込みといったドロドロした話はほとんど聞こえてこない。そういうグレーなことをしなくても手を上げる中高年が多いためだ。
【参考リンク】「ファミマ、社員の15%希望退職 『黒字リストラ』コンビニも」(日本経済新聞2020年2月21日付)
中高年労働者の意識が変わった!?
黒字なので、単純に条件がいいからというのももちろんあるが、労働者側の意識の変化も大きいように思う。
じつは、この10年ほどの間に、中高年のキャリア観には大きな変化がみられた。若者の意識の変化については語られることが多いが、中高年の変化は意外と見過ごされがちなテーマかもしれない。
というわけで、今回は中高年のキャリア観の変遷についてまとめておこう。
◆ みんな「60歳以降のリアル」に気づき始めた
では、2000年あたりから現在までの20年弱の間に何が起きたのか――。
人事上の変化といえばやはり65歳雇用の義務化が大きいだろう。厚生年金の受給開始年齢の引き上げに合わせ、すでに2013年から段階的な引き上げが始まっている(2025年に、65歳に引き上げられる)。
それまでは、なんとなく「定年が実質的に5年ほど伸びるらしい」と知っていても、それで具体的に何がどうなるかまで理解できた人は少なかったはず。
だが、実際に60代以降も職場に残る先輩方を目にするようになり、いやでもその現実を思い知らされたはずだ。
「60代でも若いころと同様にバリバリ活躍できています」という人なら問題ないだろうが、そういう人は少数派だろう。むしろ、いるのかいらないのかわからないような仕事を与えられ、職場で肩身の狭い思いをしている人の方が多いはず。そこからさらにプラス5年である。
それに70歳と言えば、健康に生活できる健康寿命ギリギリの年齢だ(日本人男性の健康寿命は72.14歳)。現役時代はひたすら我慢して、やりたいことは「第二の人生」に先送りするなんて生き方は、もう不可能となるわけだ。
「ならば条件がよく、体力もある今のうちに手を挙げて、自分で充実したキャリア後半戦を送れそうな新天地を探そう」と考えるのは、筆者はとても合理的な考えだと考えている。
そういう前向きなスタンスであれば、ほぼ完全雇用の今、新たな新天地はきっと見つかるに違いない。
企業にしがみつく人の末路は......
◆ 40歳定年制度が現実に
じつは、このトレンドを以前から正確に予測していた人がいる。東京大学大学院の柳川範之教授だ。氏は2012年の国家戦略会議において「40歳定年制度」を提唱し、当時広く話題となった。
当時は「40歳で退職なんてしたら、どうやって生きていくんだ!?」といったネガティブな反応が多かった記憶がある。
ただ、氏の話は実際には40歳で一律で定年退職させろというような話ではなく、あくまで個人のキャリア戦略の話である。これから、どんどん働く期間が延びることになるため、40歳あたりで自身のキャリアの棚卸しをして、労働市場を通じてより評価される職場を探しましょうくらいのスタンスだ。
そういう企業との「再交渉」を避け、「なんでもやりますから、70歳まで面倒見てください」と、白旗を上げる人がどういう扱いを受けるかは言うまでもない。
企業側から足元を見られ、誰もやりたがらないような仕事を押し付けられることだろう。
筆者は恐らく、(40歳以降にキャリアデザインし直すという意味での)40歳定年制度は一過性のブームではなく、一つのトレンドとして日本社会に定着していくと考えている。(城繁幸)