新型コロナウイルスの感染拡大で医療体制が取り沙汰されているが、2020年は夏に医療をめぐって「危機的状況」が発生する可能性があるという。
近年の例から、今夏も猛暑に見舞われることが予想されるが、今年はその時期に東京五輪・パラリンピックが開かれる。
湿度が高い日本の暑さに不慣れな外国人客のあいだで多くの熱中症患者が発生することが考えられるが、本書「病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ」(KADOKAWA)は、政府をはじめ関係組織が対策を尽くすどころか、危機を増幅しかねない行動をとっていると指摘する。
「病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ」(木村知著) KADOKAWA
インフルエンザが流行する理由
本書はまず、冬になると毎年のように繰り返されるインフルエンザ流行の原因が「カゼでは休めない」という企業が強いる暗黙のルールを許す社会にあることを指摘。カゼでは休めないが、インフルエンザならば「出社禁止」だから、会社員はそれらしい症状を感じると病院で検査を受けることになる。
ところが、感染していても初期の場合は、ウイルスの増殖が不十分で「陰性」となることがしばしば。「休み」がお預けになった患者が、家庭内ではもちろん、通勤中や勤務先でウイルスをまき散らし、大流行を作り出すのだ。
結果的にカゼであっても、インフルエンザであっても、「体調が悪いときは休むべし」と本書は説く。カゼは薬では治らない。休養が一番の回復策だ。休んでも悪化する場合は病院で診てもらうようにすればいいという。
「カゼでは休めない」ルールを強化しているという意味では、市販薬のCMの罪が深い。カゼやインフルエンザの季節が近づくと、市販のカゼ薬のCMが増えてくるが、健康食品や医療保険商品のCMは年間を通じてオンエアされている。
なかには、その売れ行きが好調であることを強調したCMもあるが、そのことは、多くの人が健康や病気に対し不安を持っていることを示しているともいえる。
医師で著者の木村知(とも)さんは、「将来の健康不安を払拭するためのインフラが十分に充実し、病気にかかった際の経済的不安を解消する施策が十分に整備されていれば、これらの商売は成立しないはず」と指摘する。
医師不足...... 五輪開閉会式の連休は「大失敗」
本書の後半では、医療や社会保障をめぐる政府の民間任せ、個人任せともみられるような政策を強く批判する。
医療費の対GDP(国内総生産)比は、ここ数年11%と横バイだが、高齢化率が日本より5~10ポイント程度も低いカナダやドイツ、フランス、スウェーデンと同等もしくはそれ以下の水準。「これは驚くべき現状」とあきれてみせ、医師出身議員ら既得権者らにより推し進められた医師養成抑制策によって、わが国の医師数は「人口1000人あたり2.4人とOECD(経済協力開発機構)加盟35か国中30位という少なさ」であると憤る。
こうした医師不足は、夜間・休日診療体制に大きな影響をもたらしている。
政府は2019年4月末から5月初旬、平成から令和への移り変わりで特例法により10連休を設けたが、この間に限られた医療機関に患者が殺到して各所で混乱が起きた。著者は「政府の10連休対策の楽観ぶりに、あきれ果てた」と振り返る。
こうした「医療供給体制と医療需要との不均衡がもたらす危機的状況」について著者は、2020年夏に開かれる東京五輪・パラリンピックの時期に再び見舞われる可能性が高いと注意を促している。
東京消防庁管内の近年の記録でみると、毎年6~9月に、熱中症の緊急搬送者だけで約4000人いる計算になるという。今年のこの時期は東京五輪・パラリンピックが開催され、期間中には最大92万人の観客らが東京を訪れることが見込まれる。
日本の猛暑と熱中症の危険について、知識と対策が不十分な外国人客たちのあいだで、「多くの熱中症患者が発生するであろうことは、医療関係者でなくても十分予測できる」と著者。言葉の通じない外国人客らが次々と緊急搬送されてきた場合、どのくらいの医療機関がスムーズに対応できるのか......。著者は危機感を募らせているという。
さらに、著者の危機感を増幅させているのは、政府が大会に合わせて「連休」を設けたことだ。7月の「海の日」、8月の「山の日」を移動して、7月24日の開会式の前後を4連休、8月9日の閉会式の前後を3連休にしたのだが、著者はこれらの措置を「大失敗」と断言。2019年の10連休のように、「医療難民」が増えると懸念している。
「病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ」
木村知著
KADOKAWA
税別840円