日本プロ野球の歴史をつくった名選手であり、名将であった野村克也氏が、亡くなられました。享年84歳。野村氏は、選手としては戦後初の三冠王に輝いたほか、9度の本塁打王を獲得。生涯本塁打数657本は王貞治氏に継ぐ歴代2位という輝かしい記録を残しています。何より野球が最大のエンターテイメントだった時代に育った私には、大変なヒーローでした。
また、現役引退後は監督として9度のリーグ優勝と3度の日本一に導き、指導者としても超一流であり、氏の「ID野球」と言われるデータ重視の采配や選手指導方針および名言の数々には、企業経営にも応用可能なものが多いと常々感心させられてもいました。
今回は追悼の意を込めて、野村監督の監督時代の名言からいくつかを取り上げて、企業マネジメントのヒントを探ってみたいと思います。
「ボヤキ」と「愚痴」の違い?
まずは、試合終了後インタビューの名物もなった監督時代の「ボヤキ」から。ボヤキというと選手に対する不平不満を口にしているように思われがちですが、ボヤキと愚痴の違いが、そこには明確にあるのだと語っています。
「不満を表現するのは愚痴。チームを強くするための理想を掲げ、それが頓挫した時に口をついて出るのがボヤキ。つまり、理想と現実の差を認識し、それを表現するのがボヤキなんだな。愚痴とは断じて違うものだよ」
ここで言う「理想」とは、中期的な「めざす姿」であり、これはマネジメント上絶対に必要なものであります。そして、「理想=めざす姿」と「現実」のギャップをしっかりと認識することは、正しい「戦略」を立てる上で必要不可欠なことでもあるのです。
なぜならば、「戦略」とは「理想=めざす姿」と「現実」のギャップを埋めるための方策であると定義されるわけですから。
まずは「理想=めざす姿」を描くこと。そして「現実」を正しく認識してそのギャップを把握すること。それが、有効な戦略を立てるための必須条件なのです。
野村監督のボヤキは次なる正しい戦略を立てるための、「理想」と「現実」のギャップを口にしていたのだとは改めて驚かされます。ボヤくことによって何を解決すればいいのかが明確化され、次なる正しい「戦略」が立てられる。その繰り返しが、監督として弱小チームをも強くしてきた実績につながったのだと言えそうです。
「野村再生工場」はダイバーシティを先取りしていた
次なる監督の名言は、「野村再生工場」の異名をとった成績下降線選手の復活や、騒がれて入団しながらなかなか芽の出ない選手を開花させた、指導手腕に関するものです。
「再生とは何よりじっくり観察して、選手のいい点やここを直せば伸びるという点を見つけて指導してあげることだね」
この発想は、今でこそよく言われるようになったダイバーシティの考え方そのものです。ダイバーシティをベースにした部下育成を、四半世紀も前に既に監督は心がけていたとは、じつに驚きです。
個々人の特性や強みを見つけてあげること、活躍の芽である得意分野の能力や過去の経験を活かしてやろうという考え方は、指導の目的を決して決められた画一的でステレオタイプな人材を作り出すこととせず、個々の能力や特性に着目しているわけです。
1990年代に、それまで万年Bクラスだったヤクルト球団を日本一に導いた野村野球では、基本は若手を型にはめることなくそれぞれの個性を伸ばしたことがチーム力の向上につながったのだと思います。
ダイバーシティ的チームづくりの原点がそこにはあったと言えるでしょう。
野村監督は、続けてこんなことも言っています。
「選手の伸ばすべき強みや改善すべき欠点を見つけたら、それを1から10まで教えてやるのではなく、自分で気づきを与えるようにしむけてやることが大切だよ」
これは、まさしくコーチング手法です。「教える→ティーチング」に対して、「考えさせ気づきを与える→コーチング」であり、ティーチング的にあれこれ一方的に教えてばかりいたのでは、右から左になりやすい。その一方で、コーチング手法によって自分で気づいたことは、より身につきやすいと言われています。
以前、野村監督が選手に「もっと頭を使えよ」と言っていたのを、よくテレビで目にしましたが、あれこそ「ヒントは与えたぞ。あとはどうしたらいいかよく考えて気づけ」というメッセージであったと、理解できるところです。
「勝ちに不思議勝ちあり。負けに不思議負けなし」
最後に、上に立つものの心構えについて、さらに二つの名言を。
「リーダーは好かれなくとも、信頼されればよい。嫌われることを恐れる者にリーダーは務まらない」
これは最近の経営者、管理者に特に心して欲しい、ひと言です。
嫌われることを異常に恐れて、言いたいことも言えない。さらにひどい場合、大切なことを自分で言わずに人に言わせるなどというリーダーも間々います。
言いたいことをしっかり言い、部下の考えをしっかり聞くことで信頼関係は生まれるのだと、監督は言いたかったのでしょう。
「勝ちに不思議勝ちあり。負けに不思議負けなし」
「不思議勝ち」とは、ビジネスではなぜかわからないけど、うまくいくことは希にあるということ。逆に不思議な負けは存在しないとは、失敗した時には必ず理由があるから、原因を突き詰めて同じ轍を踏まないことが重要である、と教えてくれていると思います。
野村克也監督のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。(大関暁夫)