「野村再生工場」はダイバーシティを先取りしていた
次なる監督の名言は、「野村再生工場」の異名をとった成績下降線選手の復活や、騒がれて入団しながらなかなか芽の出ない選手を開花させた、指導手腕に関するものです。
「再生とは何よりじっくり観察して、選手のいい点やここを直せば伸びるという点を見つけて指導してあげることだね」
この発想は、今でこそよく言われるようになったダイバーシティの考え方そのものです。ダイバーシティをベースにした部下育成を、四半世紀も前に既に監督は心がけていたとは、じつに驚きです。
個々人の特性や強みを見つけてあげること、活躍の芽である得意分野の能力や過去の経験を活かしてやろうという考え方は、指導の目的を決して決められた画一的でステレオタイプな人材を作り出すこととせず、個々の能力や特性に着目しているわけです。
1990年代に、それまで万年Bクラスだったヤクルト球団を日本一に導いた野村野球では、基本は若手を型にはめることなくそれぞれの個性を伸ばしたことがチーム力の向上につながったのだと思います。
ダイバーシティ的チームづくりの原点がそこにはあったと言えるでしょう。
野村監督は、続けてこんなことも言っています。
「選手の伸ばすべき強みや改善すべき欠点を見つけたら、それを1から10まで教えてやるのではなく、自分で気づきを与えるようにしむけてやることが大切だよ」
これは、まさしくコーチング手法です。「教える→ティーチング」に対して、「考えさせ気づきを与える→コーチング」であり、ティーチング的にあれこれ一方的に教えてばかりいたのでは、右から左になりやすい。その一方で、コーチング手法によって自分で気づいたことは、より身につきやすいと言われています。
以前、野村監督が選手に「もっと頭を使えよ」と言っていたのを、よくテレビで目にしましたが、あれこそ「ヒントは与えたぞ。あとはどうしたらいいかよく考えて気づけ」というメッセージであったと、理解できるところです。