世は、「起業ブーム」らしい。近年は官民を通じてさまざまな起業支援プログラムやサービスが生まれており、かつての「日本は起業しにくい」というイメージは変わりつつある。起業家は毎年、一定数が誕生している。
そんな起業家の「タマゴ」に向けて、関連書籍の出版も相次いでおり、本書「ドラッカー理論で成功する 『ひとり起業』の強化書」もその一つ。18年間にわたり、3000人の起業家をみてきたという著者が、タイプ別、ケース別に37人の事例を紹介する。
「ドラッカー理論で成功する 『ひとり起業』の強化書」(天田幸宏著、藤屋伸二監修) 日本実業出版社
3000人を超える起業家を取材
本書がユニークなのは、大企業向けと考えられている「ドラッカー理論」を採り入れていることだ。著者の天田幸宏さんは、1997年にリクルートが創刊した「アントレ」の編集部で長く編集者を務めた経歴を持つ。
同誌は「雇われない働き方」についての情報誌で、リクルートでも珍しい「起業」に特化した内容をウリにしていた。「雑誌の編集者になるのが夢だった」という天田さん。その夢の実現に加えて「毎日のように起業家の取材を行い、それは夢と刺激に満ちた日々だった」と振り返る。
その「アントレ」の仕事を通じて経験したのが、3000人を超える起業家との出会い。起業家相手の仕事に関連して、経営学者P.F.ドラッカーの、いわゆる「ドラッカー理論」を中小企業に応用する勉強会を知り、その「中小企業のためのドラッカー理論」に傾倒。著作の読み込み、勉強を続け同理論を指導するまでになった。本書は、起業家への取材とドラッカー理論を「かけあわせてできあがった」というビジネス書だ。
監修者として名を連ねる藤屋伸二さんは、中小企業経営者向けにドラッカー理論の勉強会を開いている経営コンサルタント。「監修によせて」という巻頭部で、
「『ドラッカーは大企業向けの理論。起業家と結びつけるのはこじつけ、ムリがあるのではないか?』と思われるかもしれません。しかし、ドラッカーの代表作『マネジメント』(ダイヤモンド社)には、学園都市で大学の教職員専門の不動産屋(個人事業主)の事例が出てきます」
と述べている。
中小企業に応用できるドラッカー
「明日を支配するもの」(ダイヤモンド社)の中で、ドラッカーは「明らかになった強みに集中せよ」と述べている。この主張のポイントは「明らかになった」という部分だ。
著者の天田さんは、こう言う。
「残念なことに、成果を挙げられない起業家の多くが『自分の強みが明らかになっていない状態』で事業を行っている」
では、強みを明らかにするにはどうすればよいのか――。そのための「シンプルかつ最強の方法」は「顧客に聞くこと」であり、自分に客観的評価を求めることだ。
自分で独断で特定すると往々にしてひとりよがりとなり、顧客が求めるものと一致しないことが多くなる。つまり、成功からは遠ざかってしまう。
ある税理士は「自分の強みはコンサルティング能力」と考え、それをアピールして業務の拡大を目論んだが、顧客に話を聞くと「いつも電話してもすぐに出てくれる。そのスピード感が安心」。これでは税理士の狙いは、なかなか達成できるものではない。
まず「真の強み」を知ること
人との対話のなかで「真の強み」を見出すことがある。
大手家電メーカーで、クレーム対応のスペシャリストとして鳴らした30代後半の男性。クレーム対応コンサルタントとして独立したものの、すでに業界で活躍している同業者との差別化に悩んでいた。経験と実績をアピールするため「クレーム対応の教科書」を出版しようと準備するものの、出版社からは色よい返事が得られない。
数年間こうした苦労を重ねたのち、著者との会話のなかで、クレーム対応を心折れずに長く続けられているのは、対応スキルもさることながら、独自に開発したストレスマネジメントの方法があるからだということが分かってきた。「本当の『強み』」に近づいた。出版のテーマを「ストレスとうまく付き合う生活習慣」に変え企画書を作ったところ、これに出版社は好反応。コトはうまく運んで本が出版された。男性は現在、ストレスマネジメントの専門家として企業研修や講演の依頼が増加。それにつれて、本来やりたかったクレーム対応の専門家として認められるようになり、両分野の専門家として多忙な日々を送っているという。
ドラッカーは『創造する経営者』のなかで、次のようなことを述べているという。「企業が売っていると考えるものを顧客が買っていることは稀である」。「真の強み」を発見するには、ひとりよがりにならず、周囲が巻き込むことが大切。本書のタイトルには「ひとり起業」とあるが、事業を行うのは一人でも、なんでもかんでも一人ではできないことは全編を通じて共通している。
「ドラッカー理論で成功する 『ひとり起業』の強化書」
天田幸宏著、藤屋伸二監修
日本実業出版社
税別1500円