新型コロナウイルス肺炎が猛威をふるい、世界中に拡大の一途をたどっている。日本は、そして世界経済はどうなるのか。ここ数日、国内の経済系シンクタンクが相次いで緊急レポートを発表している。
そこからエコにミストたちの分析と予想を読み解くと――。
「100年ぶりの世界的なパンデミックに備えるべきだ」
今回の新型肺炎を「100年ぶりの世界的なパンデミックの再来では」と懸念するのは、独立行政法人 経済産業研究所のレポート「新型肺炎、100年ぶり世界的パンデミックの懸念.... 中国からの感染者、入国阻止は困難」(2020年2月4日付)だ。
同研究所の藤和彦上席研究員が、こう述べる。
「新型コロナウイルスが、100年ぶりの『パンデミック』(病気の世界的な流行)を引き起こす可能性が高まっている。筆者は1月17日付コラムで『新型コロナウイルスはSARS(重症急性呼吸器症候群)以上に猛威をふるう可能性がある』と指摘したが、足元で起きている現実はその想定をはるか上回ってしまった」
「英国の専門家グループは『世界の新型コロナウイルスの感染者は2月4日に25万人を突破する』とする驚くべき分析結果を発表した。事態の急激な悪化を踏まえ、専門家の間では『SARSではなくスペイン風邪の事例を参考にして新型コロナウイルス対策を講ずるべきではないか』との声が出ている。スペイン風邪とは、1918年から19年にかけて世界的に流行したH1N1型のインフルエンザである。当時の世界人口は約20億人だったが、その大半が感染し、1年半という短期間に5000万人以上が死亡したとされている」
藤和彦研究員はこう続ける。
「日本では『新型コロナウイルスの致死率は3%と低く、過剰に心配する必要はない』とのコメントが聞かれるが、スペイン風邪の致死率は『2.5%以上』と意外に低かった。このことは致死率が低いウイルスのほうが、スーパースプレッダー(多数の人に感染させる患者)が出現する可能性が高く、より多くの人が感染し、パンデミックが起きやすいことを意味する」
そして最後に、
「危機管理の要諦は『悲観的に想定・計画する』ことである。中国政府は1月25日、武漢市に人民解放軍の衛生要員450人を配置したが、日本も生物兵器に精通する自衛隊の専門部隊を投入するなど、あらゆるリソースを投入する覚悟でこの問題に対処すべきである」
と結んでいる。
ところで、今回の新型肺炎騒動、世界経済にはどんな影響を与えるのか――。特にアジア経済への打撃が深刻だと強調するのが、日本総合研究所のレポート「新型コロナウィルスがアジア景気に及ぼす影響~2003年SARS発生時よりも大きく下振れる見込み」(2020年2月4付)である。
「新型コロナウイルスの感染者数は既に2003年のSARSを上回る状況だ。SARSが発生した2003年は香港、台湾がマイナス成長に。今回はアジア経済に対して、(1)中国からの旅行者数の減少、(2)中国向け輸出の減少(中国国内景気の減速、製造業の活動停滞)を通じてSARS発生時よりも大きな影響を与える公算大」
と指摘する。
具体的はこうだ。
「中国からの旅行者数の減少は、香港、タイの1~3月期成長率を大きく下押しする見込み。中国からの旅行者が半減すると仮定すると、1~3月期のGDPをそれぞれ2.0%、1.6%押し下げる。ともに、前年同期比でマイナス成長に陥る可能性も。特に、香港については2年連続での年間マイナス成長も否定できない」
「中国当局は多くの企業や学校の再開延期、道路の閉鎖、飲食店や観光名所の閉鎖を実施。日用品を除き消費活動の低迷が避けられない状況。中国の1~3月期成長率は前年同期比+5.0%と、2019年10~12月期の+6.0%から大きく低下すると予想。輸出の中国依存度が高い台湾、ベトナム、マレーシアへ悪影響は大きい。中国向け輸出が10%減少した場合、1~3月期のGDPをそれぞれ1.4%、1.1%、0.9%下押しする見込み。また、中国の一部地域では工場の操業を禁止するなどの措置を実施。現時点では2月10日からは操業開始の模様だが、範囲拡大や延長となれば、アジア圏に更なる悪影響をもたらす可能性がある」
としている。
景気の大減速覚悟で新型肺炎対策に必死の中国
一方、中国国内の状況はどうだろうか。野村総合研究所(NRI)のレポート「新型肺炎対策と経済安定のジレンマに直面する中国当局:木内登英のGlobal Economy & Policy Insight」(2020年2月3日付)は、金融ITイノベーション事業本部エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏が、こう分析している。
「2月3日には、世界が注目する中で中国本土の株式市場が再開された。上海総合指数は一時9%程度の大幅下落となった。他方、市場の安定を図る目的で、中国人民銀行(中央銀行)は前日に大量の資金供給策の実施を公表していた。それは1兆2000億元、円換算で18兆7000億円という異例の規模だ。例えば、2001年9月11日の米同時多発テロ事件発生の際には、FRB(米連邦準備制度理事会)は1104億ドル、円換算で13.1兆円の資金供給を実施した。米中の短期金融市場の規模の差を考えると、中国人民銀行による今回の資金供給がいかに大規模であったかが分かるだろう」
企業の資金繰りを助ける措置としては、中国人民銀行による金融システムへの大量の資金供給や金利引下げといった措置以外にも、中国銀行保険監督管理委員会が、保険会社による保険金の早期支払い、新型肺炎による影響の大きい地域・業界・企業に対する金融面での優遇措置などを実施する方針を既に表明している。
こうした新型肺炎対策は、心理的な影響を中心に中国金融市場の安定回復に寄与する面があるだろうが、景気刺激策としては、即効性には期待できないものばかりだと、木内登英氏は指摘するのだ。それはなぜか――。
「巨額の公共投資の拡大などを打ち出したほうが、より有効な経済及び市場対策となるだろう。しかし、それができないところに、新型肺炎対策の難しさがある。新型肺炎の拡大を受けて、中国国内では経済活動が政府によって大幅に制限されている。武漢市を中心とする湖北省に限らず、上海市や北京市などでも2月9日までは企業に休業を決定、もしくは要請している」
「当面、中国当局は経済の安定を犠牲にしてでも、新型肺炎の拡大を抑え込むことを優先せざるを得ない。仮に公共投資の積極化策などを打ち出せば、経済活動の制限を伴う新型肺炎対策と矛盾してしまう。そのため現状では、中国当局は金融面での対応に注力せざるを得ないのである」
そして、最後に日本政府にこうアドバイスしている。
「ところで日本政府は、中国からの訪日観光客の激減による観光業への打撃を受け、支援策を検討している模様だ。そこには復興割制度(編集部注:災害を受けた観光地への旅行の割引助成)のように、国内観光客を観光地に呼び込む措置が含まれるのではないか。しかし、仮に国内で新型肺炎の感染者が拡大していく場合には、それを抑え込むための対策とこうした経済対策とは矛盾してしまう。中国当局が抱える新型肺炎対策と経済安定のジレンマという政策上の難しさについて、日本も学んでおく必要があるかもしれない」
現地の中国人専門家の報告をもとに中国経済への打撃を分析しているのが、日本経済研究センターのレポート「中国の新型肺炎、経済への打撃は必至~現地研究者、「5%成長割り込む可能性も」:JCER 中国・アジアウォッチ」(2020年2月1日付)だ。その中で、湯浅健司首席研究員兼中国研究室長はポイントを、こうまとめている。
(1)中国の新型肺炎は経済に深刻な打撃を与えることは必至だ。直近で公表された現地のレポートによると、エコノミストらは流行が4月までに収束した場合でも、1~3月の成長率は2019年10~12月の6.0%を大きく下回り5%割れとなる可能性もあり、通年でも5%台の成長に止まるとみている。
(2)具体的には観光業や飲食業など減収規模が1兆元を超すほか、春節休暇が明けても豚肉など食料品の高騰が収まらないため物価が当面、高止まりする見通し。失業者の増大も懸念されるという。
(3)ただ、中国政府による景気テコ入れの余地は大きく、財政支出の拡大などにより「経済の底割れ」と言う最悪の事態は回避できる。そのため、財政赤字の拡大は一定程度、容認すべきとしている。
終焉が長引くとSARSどころではない世界経済に大衝撃!
三菱UFJ銀行のレポート「経済マンスリー 2020年1月(中国)~新型肺炎の長期化リスク等には要注意」(2020年2月1日付)も、終焉が長期化した場合、世界経済に与えるインパクトは計り知れないと警告する。
その理由として、SARSの場合との大きな違いをこう説明する。
「SARSの事例を確認すると、中国の実質小売売上高は、患者数が急拡大した2003年5月に前年比+4.9%と伸びが急減速したものの、患者数が一服した同年6月には同+9.6%まで回復した。感染の中心地である香港でも似た動きがみられ、同年 4 月に前年比 マイナス13.4%となったものの、同年 7 月には前年比プラスとなっている。(新型コロナウイルスが)仮に短期間で終息するのであれば、一時的に統計が大きく振れることはあっても、中国経済に急減速をもたらす事態は回避できるものと思われる」
ところが、今回の事態はSARSと大きく違い、長期化する可能性が高い。それは、香港で起こったSARSと異なり、武漢という中国本土の交通の要衝で起こったことと、米中貿易摩擦が続いているからだ。
「2003年頃と異なり、今の中国経済は緩やかな減速期にあり、米中摩擦も抱えていることから、外的ショックへの耐性は以前よりも低下している。加えて、今回は交通の要衝である武漢を含む広範な地域を事実上封鎖するという非常事態になっている。封鎖の長期化や対象地域拡大が必要な状況に陥れば、物流の停滞や生産停止、消費抑制に繋がり、中国経済への下押し圧力が格段に増すことになる。世界経済へのインパクトという点でも前回とは異なっている」
「中国の一人当たりGDPを確認すると、2018年は2003年の約7倍に拡大しており、少なからぬ産業でグローバル・サプライチェーンの枢要な一翼を担っていることから影響力が増大している。生産活動の長期停滞が世界経済全体への重石になる可能性にも注意が必要となろう」
感染防止に役立つキャッシュレス化が進む?
さて、今回の新型肺炎騒動が日本経済の意外な側面に与える影響に着目したのが、野村総合研究所(NRI)のレポート「新型肺炎がキャッシュレス化議論にも影響か」(2020年2月3日)だ。キャッシュレスが進めば、現金を手で取り扱うより、ウイルスに感染するリスクが減るのでは、とエグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏が指摘する。
「今般の新型肺炎の広がりは、実店舗などでの我々の代金の支払い方法、つまり小口決済手段のあり方についての議論に、新たな論点を提供する可能性がある。つまり、一部の研究者が指摘する、現金が細菌やウイルスの感染を媒介してしまうリスクである」
木内登英氏は、紙幣が細菌やウイルスの巣窟になっているという米国と香港の研究や、紙ではなくプラスチック紙幣が細菌を増殖しにくくするという研究を紹介したあと、こう結ぶのだった。
「今回の新型肺炎の広がりを契機に、キャッシュレス化の議論、そして現金の素材に関する議論の中に、衛生面での課題を新たに組み入れていくことは、重要なのではないか」
新型肺炎だけではない株価急落の本当の理由は
ところで、新型肺炎騒動以来、株価の下落が続いているが、その本当の理由は「そもそも株価が割高で、下落すべきして下落した」と指摘するレポートが注目を集めている。ニッセイ基礎研究所の金融研究部チーフ株式ストラテジスト・年金総合リサーチセンター兼任の井出真吾氏が発表した「新型肺炎だけじゃない 株価急落の本当の理由と今後の見通し」(2020年1月30日付)である。
井出真吾氏は、こう説明する。
「株価急落の原因は『新型コロナウイルスの感染拡大』とされるが、本当の理由は『そもそも株価が割高だった』ことだ。昨秋以降の株価上昇は期待が先行し過ぎており、仮に新型肺炎の影響が限定的であっても、株価の戻りは鈍いと予想される」
井出真吾氏によれば、2019年9月以降、グローバル景気の底入れ期待・企業業績の回復期待から世界的に株価が上昇した。米中貿易摩擦の『第1段階の合意』が薄っぺらな内容であるにもかかわらず、なぜか対立ムードが和らいだことも株価上昇に拍車をかけたという。
その結果、株価の割高/割安を示すPER(株価収益率)は、米中貿易摩擦が本格化して以降、最も高い水準となった。特に米国株の割高さが目立ち、連日のように史上最高値更新が伝えられたS&P500のPERは、貿易摩擦が本格化した2018年3月から昨年9月(株価が上昇し始めた直前)までの平均が16.4倍に対し、1月20日には18.8倍となった。TOPIX(東証株価指数)も同様で、同期間の平均PER12.7倍に対して14.3倍となっていた。
なぜこんなに跳ね上がり、また、一気に下落したのか。井出真吾氏はこう分析する。
「おそらく、多くの投資家は株価の割高感を意識(警戒)していたのだろう。そこに新型肺炎という誰もがマイナス要因と考える事象が発生したため、一斉に売り注文が膨らんだ。やや乱暴な言い方をすれば、新型肺炎は単なる『売りの口実』に過ぎないというわけだ。問題は今後の展開だが、仮に新型肺炎の被害が限定的だとしても株価の戻りは鈍いと予想される。場合によってはもう一段の株価下落も覚悟しておく必要があるだろう」
そして、こう結ぶのだった。
「そもそも昨年9月以降の株価上昇は、将来の景気や業績の回復に対する"期待"が先行したものだ。その期待が本物であれば、新型肺炎が落ち着くにつれて株価も上昇基調を取り戻すはずだが、残念ながらその期待は幻に終わる。たとえば筆者の試算では、日経平均2万4000円は2020年度の企業業績が12~13%増益しなければ正当化されない。しかし、証券アナリストの予想(通常、やや楽観的なことが多い)は7%程度の増益予想だ。いかに株価が期待先行で買われ過ぎていたかを如実に表している。過熱気味だった株式市場は、冷静さを取り戻すことになるだろう」
(福田和郎)