3歳の子持ちで、東京生まれ東京育ちの専業主婦が書いた「夫の地方転勤についていきたくないけど、どうしたらいい?」という投稿が大炎上している。 「便利で快適な東京ライフを捨てたくない。地方は耐えられない」 というのである。 「わがままだ!」「夫がかわいそう。鬼嫁か!」という猛批判が殺到する一方、 「わかる。私も地方ではウツになった」という共感の声も。専門家に聞いた。
「東京生まれの私はとても無理」
話題になっているのは、女性向けサイト「発言小町」(2020年1月15日付)に載った「夫の転勤についていきたくない」というタイトルの投稿だ。
夫が遠くの地方工場に転勤になり、少なくても数年勤務する。夫からは一緒に来てほしいと言われている、という内容だ。
彼女は、東京育ちで今も近郊に住む。便利で充実している東京ライフ。夫の赴任先は人口数十万の下のほうで、車必須の生活。夫はそういう土地の育ちだから抵抗はないが、生まれてからずっと東京育ちの彼女には耐えられそうにない。
子供の進学を考えても東京のほうが選択肢は多い。夫には単身赴任してもらい、自分は実家に戻れば金銭面も負担にならない。そう話したら複雑な顔をされてしまった、というのであった。
この投稿には「鬼嫁」「ひどい妻だ」「離婚しなさい」という猛反発が8割近くもあった。
民法752条には、「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」とする「同居、協力及び扶助の義務」がある。これを持ち出して批判する人も何人かいた。地方をバカにしているという反発も多かった。
「自分も転勤族の妻だった」という経験者からは批判的なアドバイスが相次いだ。
「やっぱり息子にはお父さんなのです。息子は昨年社会人になりましたが、『小さい時、休日にお父さんと遊べる家庭は羨ましかった』『お母さんとのサッカーは下手すぎて困った』と話してくれました。寂しかったのだな、と。私も仕事を優先したこともあり、猛省です」
「閉鎖的な土地柄で、ノイローゼになりそうでしたが、それでも、やはり家族一緒でよかったと思います。夫婦の絆が本当に強まりました」
一方、ごくわずかだが、投稿者に全面的に共感する意見があった。
「転勤族妻40代後半です。ずっと夫に帯同してきましたが、本当に後悔しています。私は引っ越しウツになりました。慣れない土地、子どもたちの友だち関係、教育問題、私自身の仕事も辞めてせっかくのキャリアも台無し。今もし、最初の転勤に戻れるなら絶対帯同しません」
また、「そんなに地方に行くのがイヤなら、夫に転職を頼んだら」というアドバイスもいくつかあった。
J-CASTニュース会社ウォッチ編集部では、女性の働き方に詳しい、主婦に特化した就労支援サービスを展開するビースタイルの調査機関「しゅふJOB総研」の川上敬太郎所長に、今回の「夫の地方転勤に付いていきたくない」論争について意見を求めた。
「夫の転勤には妻たる者、ついていくべき」という考えは古い
――今回の投稿騒ぎを読んで、率直にどのように感じましたか。
川上敬太郎さん「意思に反した転勤が、本人はもとより家族にも大きな負担をかけている典型的な事例だと感じました。一方で、投稿者さんに反発する声が非常に多いということは、同じような状況で我慢した経験がある人や、我慢することを前提に考えている人がとても多いことの表れではないかと思いました」
――なるほど。「夫の転勤には妻たる者、ついていくべきだ」という固定観念にとらわれている人がとても多いということですね。
川上さん「そのとおりです。たとえば、ズバリ夫の転勤問題ではありませんが、『在宅勤務がもっと一般的な働き方として広まった場合、働く主婦層の仕事環境にはどのような変化が起きると思うか』を調査したことがあります。その結果、6割以上の人が在宅勤務のメリットとして、『夫が転勤しても仕事を継続できる』と回答したのです。
この結果を逆にとらえると、多くの女性が、夫の転勤時には妻の仕事は継続できなくなる可能性があると認識していることになります。つまりそれは、仕事をしていたとしても、夫の転勤には妻もついていくべきだということを前提にした考え方だと思います。
仕事をしていたとしても夫の転勤にはついていくことを前提に考えている人がこれだけ多いのだとしたら、専業主婦である投稿者さんが夫の転勤先に付いていきたくないと主張すると、どうしても風当たりが強くなってしまうのかもしれません」
――確かに、投稿者の反発する声の大半は、「わがままで自己中心的」「夫をATM扱いしている」「子どもより東京ライフのほうが大事」といった人間性まで否定する意見です。こうした意見については、どう思いますか。
川上さん「投稿者さん自身も冒頭で『私のわがままとはわかっていますが』と書いているので、わがままだと認識されているのだと思います。ただ、地方に移りたくないという個人の希望そのものは、決してわがままではないはずです。問題は、投稿者さんの夫が一緒に来てほしいと言っているにもかかわらず、投稿者さんは単身赴任して欲しいと考えて、二人の思いが食い違っていることです。
これまでの常識では、ついていくのが当たり前なのかもしれませんが、ご夫婦にはご夫婦の関係性があり、個々の事情があります。世間の常識を当てはめて、わがままだと決めつけるべきではありません。投稿者さんとしても、できれば今まで通り東京で家族一緒に暮らしたいはずです。しかし地方転勤になってしまったことで問題が生じています。その時、夫と一緒に暮らしたいという思い以上に、地方に移り住むことへの抵抗感のほうがずっと強く重いものであるかどうかは、個人差があります。その個人差を尊重すべきです」
――投稿者を批判する意見の中には、民法752条の「夫婦の同居義務条項」まで持ち出して、離婚すべきだとする厳しい批判があります。こうした意見についてはどう思いますか。
川上さん「離れて暮らしていても、心は固い絆で結ばれていることもあります。実際に夫が単身赴任しているご家庭はたくさんありますし、何らかの事情でしばらく離れて暮らした方がよいご夫婦もいるでしょう。民法に同居義務があるから強制的に一緒に暮らさなければならないのだとしたら、そんな関係性にある夫婦のほうが問題です。同居するかどうかに当たっては、そのご夫婦双方の意思が尊重されるべきだと考えます」
「妻の思いをくんで夫が転職する方法もありますよ」
―― 一方、投稿者に共感する人の中には、「私も東京育ちだから地方生活は無理」とか「私の夫に転勤に付いていったが引っ越しウツになった」などの意見もあります。こうした意見についてはどう思いますか。
川上さん「地方に移り住むことに対する抵抗感は、人によって大きく異なります。平気だ、楽しみだ、という人もいれば、とてもつらい、心の底から嫌だ、という人もいるはずです。怖いのは、実際にウツになられた人がいるように、無理して移り住んだ後に、心身を壊してしまうケースです。人によって抵抗感はさまざまであることを考えると、本人の意思に反して無理強いすることのリスクについて認識しておく必要があると考えます。それは専業主婦だろうが、もともと働いていた人だろうが同じことです」
――確かにそうですね。私自身は東京生まれの東京育ちですが、地方に3か所、計6年間赴任しました。どこも楽しくて、楽しくて仕方なく、今でも懐かしく思い出します。しかし、同僚の中には地方勤務がイヤで、イヤで仕方なく、退社した者もいました。ところで、川上さんならこの投稿者にどうアドバイスしますか。
川上さん「まずは正直に、地方に移り住むことに強い抵抗感があることを夫に伝えたほうがよいと思います。感情的に嫌だとはねつけるのではなく、冷静にご自身の本心を知ってもらうことが大切です。夫としても、そこまで強い抵抗感があるとわかれば無理に連れていきたいとは思わないはずです。
そのうえで、それでもついてきて欲しいのであれば、夫もその理由を説明するでしょう。投稿者さんも、いかに地方に移り住むことが強いストレスになるのかを丁寧に説明し、互いの正直な気持ちを伝えあう中で、夫婦にとってベストな解決策を探る話し合いができることが大切だと思います。その中で、夫の転職なども一つの解決策として検討されるとよいでしょう。
夫としても、じつは転勤が嫌で悩んでいる可能性もあります。もしそうであれば、思い切って転職する道を選ぶのも選択肢に入ってくるはずです。いずれにせよ、今の仕事に対する夫のこだわりと、東京に住み続けることに対する妻のこだわりを互いに率直に伝えあい、夫婦が互いに納得できる結論を一緒に探す必要があるのだと思います」
(福田和郎)