「夫の転勤には妻たる者、ついていくべき」という考えは古い
――今回の投稿騒ぎを読んで、率直にどのように感じましたか。
川上敬太郎さん「意思に反した転勤が、本人はもとより家族にも大きな負担をかけている典型的な事例だと感じました。一方で、投稿者さんに反発する声が非常に多いということは、同じような状況で我慢した経験がある人や、我慢することを前提に考えている人がとても多いことの表れではないかと思いました」
――なるほど。「夫の転勤には妻たる者、ついていくべきだ」という固定観念にとらわれている人がとても多いということですね。
川上さん「そのとおりです。たとえば、ズバリ夫の転勤問題ではありませんが、『在宅勤務がもっと一般的な働き方として広まった場合、働く主婦層の仕事環境にはどのような変化が起きると思うか』を調査したことがあります。その結果、6割以上の人が在宅勤務のメリットとして、『夫が転勤しても仕事を継続できる』と回答したのです。
この結果を逆にとらえると、多くの女性が、夫の転勤時には妻の仕事は継続できなくなる可能性があると認識していることになります。つまりそれは、仕事をしていたとしても、夫の転勤には妻もついていくべきだということを前提にした考え方だと思います。
仕事をしていたとしても夫の転勤にはついていくことを前提に考えている人がこれだけ多いのだとしたら、専業主婦である投稿者さんが夫の転勤先に付いていきたくないと主張すると、どうしても風当たりが強くなってしまうのかもしれません」
――確かに、投稿者の反発する声の大半は、「わがままで自己中心的」「夫をATM扱いしている」「子どもより東京ライフのほうが大事」といった人間性まで否定する意見です。こうした意見については、どう思いますか。
川上さん「投稿者さん自身も冒頭で『私のわがままとはわかっていますが』と書いているので、わがままだと認識されているのだと思います。ただ、地方に移りたくないという個人の希望そのものは、決してわがままではないはずです。問題は、投稿者さんの夫が一緒に来てほしいと言っているにもかかわらず、投稿者さんは単身赴任して欲しいと考えて、二人の思いが食い違っていることです。
これまでの常識では、ついていくのが当たり前なのかもしれませんが、ご夫婦にはご夫婦の関係性があり、個々の事情があります。世間の常識を当てはめて、わがままだと決めつけるべきではありません。投稿者さんとしても、できれば今まで通り東京で家族一緒に暮らしたいはずです。しかし地方転勤になってしまったことで問題が生じています。その時、夫と一緒に暮らしたいという思い以上に、地方に移り住むことへの抵抗感のほうがずっと強く重いものであるかどうかは、個人差があります。その個人差を尊重すべきです」
――投稿者を批判する意見の中には、民法752条の「夫婦の同居義務条項」まで持ち出して、離婚すべきだとする厳しい批判があります。こうした意見についてはどう思いますか。
川上さん「離れて暮らしていても、心は固い絆で結ばれていることもあります。実際に夫が単身赴任しているご家庭はたくさんありますし、何らかの事情でしばらく離れて暮らした方がよいご夫婦もいるでしょう。民法に同居義務があるから強制的に一緒に暮らさなければならないのだとしたら、そんな関係性にある夫婦のほうが問題です。同居するかどうかに当たっては、そのご夫婦双方の意思が尊重されるべきだと考えます」