すずらん通りを外れ、神保町花月を通り過ぎたビルの1階に、こじんまりとした入り口を構えるのが「山吹書房」だ。歴史ものを主に扱う古書店。店頭にはジャンルを問わない、数百円の文庫本が箱に並べられ、ガラスの引き戸を開けると細長い店内には大きな書棚が3列並ぶ。棚と棚の幅は大人1人分で、身体を斜めにしてそろそろと足を進める。
今年で4年目。フレッシュな古書店店主
所狭しと整列された本は、都道府県や国など「地域」ごとに分けられている。自分に縁のある地域の棚の前では思わず足を止めて隅から隅まで眺めてしまうだろう。決して広くはない店内だが、その棚に並ぶ本は世界各国、各時代を扱っており、アクセスできる世界はとても大きくて広い。
店主の松井芳之さんは、
「もともと会社員として働く自分がイメージできずに、何か事業をやりたいと考えていました。歴史好きだったことと、親戚が古書店業をやっていたこともあり、自然と自分でもやってみたいと思うようになりました」
と話す。
神保町のけやき書店で経験を積み、2017年1月に山吹書房を開業した。今年で4年目になる。古書販売業のノウハウは神保町の先輩店主から教わった。神保町の街に見守られるように育ってきた若いお店だ。歴史を専門に扱うのは、もともと歴史好きだったことがきっかけだそうだ。
「お城が好きで、昔はよく国内の古城巡りをしていました。青春18切符で旅行したり、最近は東海道を川崎から品川まで歩いたりしましたね。古地図を見ながら歩いて、昔の面影を探すのが楽しいです」
ジャンルを地方ごとに分けたのも、松井さんらしい目線があったからである。
「旅行先で珍しい地名やおもしろいものを見つけると、図書館や書店で本を探します。調べることが好きで。その土地を深く知りたくなる感覚がお店のレイアウトに反映されていると思います。」
オススメの本と売れ筋の商品を見せてもらった!
松井さんのオススメの本は、「江戸古地図散歩 ~回想の下町~」(池波正太郎著)だ。
「江戸と東京の様子を写真などを多く使って紹介する本です。45年前に出た本なので、いま現在の街の様子ともまた違う風情があります。江戸、45年前の東京を比較しながら楽しめるのでおもしろいです。歴史をメインに扱う店なので、ぴったりかと思って選びました」
売れ筋の本は学会誌だそうだ。「たとえば......」と、取り出してくれたのは「千葉史学」(千葉歴史学会)。
「こういった学会誌のバックナンバーの取り揃えに力を入れています。ネットにあまり出回っていないからでしょうか、わりとよく売れますね」
と話す。
とっておきの「アメリカ史」、売れるとちょっと寂しい?
店内を案内してもらう中で、「アメリカ史」コーナーには、特にスペースを割いていた。話を聞くと、南北戦争や西部開拓時代のアメリカが今松井さんの中で興味深いテーマだという。
「昔からその周辺の時代のものに興味があるんです。自然と多く集まってしまいました。この棚が一番のお気に入りというか、大事に思う本が集まっています。古書店を営業する上で、自分の中の好奇心は大切にしようと思っています。お気に入りの本は売れるとうれしい反面、ちょっと寂しいですね......」
と、笑いながら言う。
松井さんのまとう穏やかな空気感と真摯な好奇心が、山吹書房を形作っているように感じる。のんびりした口調と、少し照れ臭そうに笑う顔が印象的。賑やかなすずらん通りを少し外れれば、小さな店内に悠久の時間がおっとりと流れる。(なかざわとも)