日本を代表するエコノミストの一人、野口悠紀雄氏は「日本経済入門」「世界経済入門」など、数々の入門書の著書があるが、本書「野口悠紀雄の経済データ分析講座 企業の利益が増えても、なぜ賃金は上がらないのか?」も、そうした一冊だ。
「なぜ賃金は上がらないのか?」という多くの人が関心を持つテーマを掲げ、インターネットの普及でアクセスが容易になったデータの見方とともに、日本経済の問題点を探り分析する思考法を伝授する。
「野口悠紀雄の経済データ分析講座 企業の利益が増えても、なぜ賃金は上がらないのか?」(野口悠紀雄著) ダイヤモンド社
ウェブの「サポートページ」と連動
2012年末から始まった景気拡大。02年2月から6年間続いた「いざなみ景気」に匹敵する長さになり、この間に企業利益は著しく増加したことが資料などで示されている。「いざなみ」は輸出主導型経済成長といわれ、今回の景気回復についても円安や輸出によるけん引を指摘する声がある。それが、どうやら違うようなのだ。
「いざなみ」については、その通り、製造業の売り上げが顕著に伸張。円安と世界の景気拡大で輸出が伸びたことの影響だ。ところが、今回の景気拡大期では、輸出の増加が製造業の売り上げを増加させた効果は認められない。そのことをまずさまざまな資料、データを引用して示してみせる。
本書は、インターネット時代の書籍として新しい試みに挑戦。ウェブ上に「サポートページ」を用意し、ここにテキストの内容の理解を助けるグラフや図表が収められている。本書に印刷されているQRコードをスマートフォンのカメラで読み取ると、該当するサポートページが展開。掲載されている図表のデータがダウンロードされる仕組みになっている。ビジネス書で今後多用されそうだ。
いざなみ景気とは趣を異にはするが、12年12月に安倍内閣が発足して以降、日本企業の利益は著しく増加し株価は上昇し、データは好景気を示している。しかし、家計や労働者の立場からするとその実感があまりない。そのこともまた、データが示しており、実質賃金は低下しており家計消費もほとんど伸びていない。なぜ、こうしたことになっているのか。
企業の利益増は人件費の圧縮
データを分析してわかったことは、2019年までの6年間、企業の売上高は目立って増加したわけではないこと。つまり、日本経済は量的に拡大していないのだが、それにもかかわらず利益が増えたのは、企業が人件費を圧縮したからだったのだ。
しかし、労働力不足の現状で多くの企業が人手不足に頭を抱えるというのに、人件費が圧縮されたということはにわかには信じがたい。労働者が希望を持って働くためにも、そのカラクリはぜひ解明されなければならない。詳しくは、企業を規模別、業種別などに分けてみるなど細かい経済構造に踏み込んでの分析が必要だが、大まかには、負のスパイラル的な構造があるよう。
それは、こういうことだ。
景気拡大に乗り零細企業から、より規模の大きな企業に人員が転じるが、形態は非正規雇用であり、給与水準が零細企業のときとあまり違わないか、それより低くなったことなどが考えられる。このため大企業の給与水準も平均でみると低下することになった。零細企業が低賃金労働の「プール」となり、ここから供給される労働者が非正規雇用となり、家計所得が増える流れとはならず、消費も増えないのだ。このことがまた、零細小売業や飲食業の売り上げ減少のもととなり、これらも減量経営を強いられることになる。
将来は高度サービス産業に
こうした現状分析から本書は、「日本の将来を担う産業は何か?」へとテーマを転じ、将来を託せる産業を探る。かつて日本が世界を制した半導体産業にみられるように、製造業は衰退している。注目すべき産業として取り上げられているのは、高度サービス産業。ファイナンスや保険、科学・技術的サービス、コンピューターのシステムデザインとその関連サービスなどで、米国では急成長しており、製造業より規模が大きくなり経済を牽引しているという。
製造業が新興国に移行し、先進国では縮小していくなかで、先進国が成長を続けていくためには高度サービス産業へ軸足を移すことは必然の変化とされる。
「野口悠紀雄の経済データ分析講座 企業の利益が増えても、なぜ賃金は上がらないのか?」
野口悠紀雄著
ダイヤモンド社
税別1600円