日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告がレバノンの首都ベイルートで開いた記者会見を、各国のメディアがトップニュースで報じました。
テレビ局やネットメディアの中継を通じて世界中が注目したこの会見。2時間半にわたってゴーン被告が熱弁を振るいましたが、メディアによってかなり「注目ポイント」が異なったようです。
センセーショナルな見出しが並ぶなか、意外にも「冷めた目」で報じたメディアもあり「ゴーン報道は百花繚乱」の様相です。
ゴーン被告、米CNNに「不正から逃れてきた」と発言
まるでハリウッド映画を彷彿させる「日本脱出劇」の効果もあってか、ゴーン被告の会見には世界中の注目が集まりました。私はBBCの中継映像をウオッチしましたが、記者席にはCNNやBBCのニュース番組で見かけるセレブキャスターたちが陣取っていて、欧米メディアの「力の入れ具合」が画面を通じて伝わってきました。
報道によると、ゴーン被告自身が一人ひとりの記者を選んだとか。では、ゴーン被告に「選はれた」各国のスター記者やキャスターたちは、会見のどの部分に注目したのでしょうか?
まずは、ゴーン被告が「フェアに報じてくれるので会見にはぜひ出席してほしかった」と評していた英国BBCの報道を見てみましょう。
Ghosn: Decision to flee was hardest of my life
(ゴーン氏、「脱出の決断は、私の人生で最も難しいものだった」)
英国BBCは、「ゴーン被告の苦悩」を匂わせる見出しです。記事を読んでみると、長時間にわたるゴーン被告の会見のなかから、刑務所で130日間も窓のない独房に閉じ込められたとか、週に2回しかシャワーを認められなかったとか、1日8時間も弁護士の同席を認められずに尋問を受けたといった「拘留期間中に不当な扱いを受けた」(ゴーン被告)ことに、フォーカスしています。「不当な環境」に置かれたゴーン被告が、やむを得ず「脱出」という難しい決断にいたった、という印象を与えたかったのでしょう。
それでは、会見の評価はどうだったのでしょうか――。BBCのビジネス担当記者は、次のように評していました。
It was a bravura performance.
(大胆で華麗なパフォーマンスだった)
bravura :大胆で華麗な
Mr Ghosn is no longer the star of the auto industry, but whatever the truth or otherwise of the charges against him, he clearly still knows how to work a room.
(ゴーン氏はもはや自動車産業のスターではない。でも、彼にかけられた容疑の真偽はともかく、明らかに会場を操る術を知っている)
次に、同じくゴーン被告から「指名された」米テレビ局CNNは、日本の司法制度への批判に注目したようです。
Fugitive ex-Nissan boss Carlos Ghosn blasts Japanese justice. It was escape or 'die in Japan'
(逃亡者の日産前会長カルロス・ゴーン氏は、日本の司法を激しく攻撃し、「逃げるか日本で死ぬかの選択だった」と語った)
fugitive:逃亡者
blasts:激しく攻撃する
独自に行った単独インタビューでは、「He claims to be open to a trial outside Japan」(彼は日本以外での裁判を受けることを求めている)というゴーン被告の主張を紹介。インタビューのなかでゴーン被告は、「fugitive(逃亡者)」というワードを多用しつつ、「共産党政権下の北朝鮮やベトナム、ロシアから逃げる人を、正義から逃げている人と誰も思わない」「私は正義から逃げたのではなく、不正から逃れてきた」と発言していました。
NYタイムズが指摘「ゴーン氏プレゼンが残念だったワケ」
私が見たなかで一番センセーショナルだと思った見出しは、英紙ガーディアンの記事です。
Carlos Ghosn likens arrest to Pearl Harbor as he faces media
(カルロス・ゴーンは、メディアの前で、自身の逮捕を真珠湾攻撃にたとえた)
likens A to B:AをBにたとえる
確かに、ゴーン被告は会見で、逮捕がいかに「不意打ち」だったかを強調するために真珠湾攻撃にたとえていましたが、見出しになるとかなりセンセーショナルな印象です。
ガーディアン紙と異なり、意外にも、一歩引いたスタンスで報じていたのが米紙NYタイムズでした。ゴーン被告の発言内容よりも会見の様子にフォーカスしています。
Carlos Ghosn, Mum on Tokyo Escape, Unleashes a Rambling Defense
(カルロス・ゴーンは、東京からの脱出劇には触れなかったが、とりとめのない自己防衛を爆発させた)
mum:何も言わない
unleash:爆発させる
rambling:とりとめのない
It was part corporate presentation, part legal defense, part rambling tirade.
(会見は、企業のプレゼンでもあり、法的防衛でもあり、とりとめのない長演説だった)
tirade:長い演説
記事を読んで思わず笑ってしまったのが、「ゴーン氏はパワーポイントを使って、まるで企業のプレゼンのように次々と資料やデータを映しながら話した」ものの、「But there was a problem: The text was too small for anyone in the room to read」(でも、問題があった。それは、テキストの字が小さすぎてその場にいた誰も読めなかったことだ)という指摘です。
確かに、BBCの映像ではできるだけアップで映していましたが、文字が小さいうえに光が反射していてよく読めませんでした。NYタイムズの記事からは、必死にプレゼンするゴーン被告の意図とは裏腹に、せっかくのパワーポイントが見えないという「残念ぶり」が伝わってきます。
NYタイムズは単独インタビューも行っていて、そのなかで「世界的な大企業や一流大学から新たな依頼が続々と届いている」というゴーン被告のコメントを紹介しています。
ゴーン被告によると「A lot of people want to get in contact with me」(たくさんの人が私とコンタクトを取りたがっている)そうですから、この先、ゴーン被告の露出が増えて、さらなるドラマが見られそうです。
ゴーン被告の会見をめぐる報道からは、メディアによって「注目ポイント」や「評価」が異なることがよくわかります。「どこを切り取ってどう伝えるか」がメディアの本領だからです。
英語メディアの報道から日本の報道だけでは気づかない視点を知る......。今年も数多くの視点をお伝えしていきたいと思います。(井津川倫子)