「日本人は貧しくなっている。貧富の差も広がっている」――。こういう話をよく耳にする。確かに、国税庁の民間給与実態調査によれば、日本の2018年の平均年収は441万円で、2007年の437万円からほとんど増えていない。世界の多くの国で所得が大きく伸びてきた中で、日本の不振は明らかだ。
だが、本当に「日本人が貧しくなっている」とまで言えるのだろうか?
そこで今回は、データを元に他国との比較をしてみたいと思う。数字はクレディスイスの「グローバル・ウェルス・レポート2019」のものを使う。大事なことは、所得ではなく「富」を見るということ。ここでいう富とは純資産、つまり資産から負債を引いたものである。
じつは日本人の富裕層は多かった?
所得は変動していくが、富はその結果として得られる「今の姿」を示している。とりたてて資産のない年収400万円の30歳サラリーマンよりも、自宅とそれなりの金融資産があり、年金生活をしている65歳の元正社員のほうが豊かであろう。
今の年収よりも、どれだけ蓄えがあるかのほうが重要なのである。
まず、富裕層を見てみよう。このレポートによると、日本には100万ドル(1億1000万円)超の富を持ついわゆる100万長者が300万人以上いる。
米国の1860万人、中国の440万人に次いで世界第3位である。それらに次ぐ4位が英国の240万人、5位がドイツで210万人だから、日本は金持ちの多い国であるといえる。
しかもクレディスイスの予想では、2024年までの5年間で日本の100万長者は71%増えて510万人になるという。同じ時期の米国の伸びは23%、中国は55%と予測されているので、遠くない将来に、富裕層の数で日本が中国を再び追い抜かす日が来るかもしれない。
一方で、日本には純資産が5000万ドル(55億円)を超える超富裕層が少ない。超富裕層では米国が8万人超いて圧倒的に多く、次いで中国が約1万8000人、ドイツが約7000人という順番になっている。しかし、日本は4000人弱だ。日本にはそこそこの資産家は多いが、超のつく大金持ちは少ないということだ。
日本は米中独英に比べて、富が平等に分配されている
では、富の平均から下位グループはどうだろうか。世界でGDPトップ5か国の成人一人当たりの富の平均値と中央値は、以下のようになっている。
日本は平均値こそ米国や英国を下回るが、中央値でみると唯一10万ドルを超えていて、これらの国の中でトップだ。つまり、平均的な日本人は豊かであるということである。富がより平等に分配されていると言ってもよい。
世界で最も豊かな国はアメリカだ。そんなイメージを持っている人が多いだろう。しかし、アメリカは貧富の差が大きい。中位の人の比較では、日本人はアメリカ人よりも7割近くも多くの富を有しており、圧勝している(ただし、世界にはオーストラリアやカナダなど中央値で日本をさらに上回る国が他にあることに注意)。
富の分布について、もう少し細かく見て行こう。
日本には富が110万円未満の人が全体の5%しかいない。それに対して米国では27%、ドイツでは41%もいる。一方、日本人の53%が1100万円以上の富を有するのに対して、英国で1100万円を超えるのは50%、米国は43%、ドイツが38%だ。つまり日本は、110万円以下しか純資産がない人が少なく、一方で過半数の人が1100万円以上の純資産を持つ。非常に好ましい状態にあると言えるだろう。
日本は富の偏在が少なく、相当程度の平等を達成した国だ。純資産が低い層が少なく、かといって超富裕層も非常に少ない。平均的な日本人は1000万円を超える純資産を保有していて、世界的には非常に豊かな部類に入る。このところ停滞しているとはいえ、日本は世界のほとんどの国がうらやむような富の分配が実現した国だといえよう。
世界で最も成功した「社会主義国家」と言われるゆえんである。(小田切尚登)