ファストフード形式のスープ専門店チェーン、スープストックトーキョーは2019年に20周年を迎えた。新コンセプトの「食べるスープ」が好評を博し、この間に店舗数、売り上げともにグイグイと伸ばしてきた。
その成功のカギは、従来のマーケティングに頼らず、こんなモノがあればいいんじゃないか――という発想を信じたことという。その仕掛け人が、独自のビジネス手法の内側を明かした。
「自分が欲しいものだけ創る! スープストックトーキョーを生んだ『直感と共感』のスマイルズ流マーケティング」(野崎亙著)日経BP
クリエイティブディレクターが明かすマーケティング
「スープストックトーキョー」は、1999年に三菱商事の関連会社の事業として企画され、東京都内に1号店がオープン。2000年に三菱商事の社内ベンチャーとして始まった「スマイルズ」が同年から運営会社になった。2016年に「スープストックトーキョー」として会社分割されている。
スマイルズはほかに、ネクタイ専門店「ジラフ」、セレクトリサイクルショップ「パスザブトン」、ファミリーレストラン「100本のスプーン」など数々のブブランド事業を手掛けている。
近年では、外部企業のプロデュースやブランディングのサポートも行っており、東京・六本木に12月オープンして注目されている、日本で初めての有料書店「文喫」は、その事業の最近の代表例の一つだ。
スマイルズの売上高は、2018年度のグループ実績で106億5000万円。このうちスープストックトーキョーが86億9500万円を占める。
本書のタイトルには「スマイルズ流マーケティング」とあるから、一見すると、同社のマーケティング関係者か、経営コンサルタントの手によるものかと思われるが、著者の野崎亙さんは、なんとクリエイティブディレクター。同社にはマーケティング部門はなく、クリエイティブの部門がマーケティングもカバーするという。
それは、
「今の時代の価値は直感や感性から出発した方が本質を捉える可能性が高く、そうやって生み出した荒削りのアイデアをマーケティングや分析的な手法で洗練させていくのが賢明と考えている」
からだ。
事業の企画や開発にあたって、市場調査など従来型マーケティングは行わない。「3年後に100店舗目指す」のような数値目標も掲げない。まず、自分たちのセンス(価値観)を信じて、ある事業が実現しようとする価値観に自分たちが共感できるか、あるいはその延長線上で、顧客の共感を得られるかどうかにこだわる。そして、自分たちが「やりたいこと」や「これがいい」と思えることに端を発して始まるのだという。
こうした考え方が間違っていない例として示されるのは、アップルのiPhoneンや大塚製薬の「ポカリスエット」。iPhoneについて当初、アップルのライバルだったマイクロソフトの幹部は「500ドルの電話など売れるわけがない」と高をくくっていたが、実際はヒット商品となった。MS幹部の発言は「売れるかどうか」の視点からであり、消費者が「欲しいかどうか」を無視したものと、著者はいう。
従来型とは異なる手法
「iPhoneはただの携帯電話ではなくて優れた情報端末として、価値の基準を転換した製品だった。だからマイクロソフトの予想を覆して世界的な、しかも爆発的ヒットになった。アップルの開発者たちは、iPhoneのような端末があれば生活がもっと豊かになることを直感的にわかっていた」
「ポカリスエット」は、「飲む点滴」の発想で開発され、その後に汗で失われた成分の補給飲料に改良され誕生したが、味がはっきりしないことから1980年の発売当初はだれもが売れないだろうと考えたという。
ところが、製品コンセプトを訴え続けた結果、引き合いが出てロングセラーになったもの。「ポカリスエットはそれまでの清涼飲料の常識を打ち破った。従来の価値と違うからこそ売れた。新市場を作りあげることに成功した」のだ。
スープストックが創業した20年ほど前は、女性の総合職が目立ち始めたころ。東京都内のオフィス街はまだ男性社会で、以前にもまして頑張りが求められるようになった女性がランチタイムなどの休憩時間を過ごせる場所が少なかった。ファストフード店はくつろげない。かといって、毎日イタリアンやフレンチのレストランに行くには、金銭的にも時間的にも難しい。移動時間を考えるとランチの実質的な食事時間は30分程度。そこで、スープの専門店があれば喜ばれるんじゃないかと考えたのが事業の発端。
コトの発端だけをみると、なんだ、マーケティング的な発想じゃないかと思ってしまうのだが、じつは添加物を使わない「食べるスープ」といった、ファストフード的ビジネスながら、ファストフードとは一線を画すようなメニューのほか、カップのスタイル、サイドのパンかご飯かのチョイス、スープを食べるときに使うスプーンへのこだわり――など、1、2度味わうと、自ら気づかないうちにリピーターになってしまうような、クリエイティビティが込められているのだ。
たとえば、スプーンは、スープのすくい心地、食べ心地、口からの抜き心地にこだわった一品。新潟・燕三条の職人に依頼し、4回ほどの試作を重ね完成にこぎつけたという。カップがボウル型ではなく、なぜ植木鉢型なのかについての秘密も明かされている。
著者によると、本書は従来型マーケティングと違うマーケティングについて語る。会社でもポジションや、プロジェクトなど立場にかかわらず、事業開発や価値創出で壁にあたっている人、悩んでいる人にオススメ。事業の現場にいる人にとっては、ヒントが満載の一冊。
「自分が欲しいものだけ創る! スープストックトーキョーを生んだ『直感と共感』のスマイルズ流マーケティング」
野崎亙著
日経BP
税別1800円