中国発のショートムービーアプリ「TikTok(ティクトック)」は、日本をはじめ世界各地でも人気を集め利用者が増えている新タイプのSNSだ。
本書「TikTok 最強のSNSは中国から生まれる」は、TikTokの成り立ちや、人気の理由を中心に、そのアプリを生んだ「バイトダンス」という企業についてや同社のあとを追うスタートアップがひしめく中国のイノベーション事情までを解説した。いま中国全土を覆う「動画革命」が間もなく日本にもやってくるという。
「TikTok 最強のSNSは中国から生まれる」(黄未来著)ダイヤモンド社
著者は中国の「浦島太郎」
著者の黄未来(コウ・ミク)さんは、本書のプロフィールによれば、1989年、中国・西安市生まれ。6歳のころに両親とともに来日。その後、中国に帰った期間はあったが、小学校、中学校、高校とも日本で学び、早稲田大学先進理工学部に進学。華僑的ビジネスを引き継ぐ家系だったこともあり、2012年に大学を卒業すると三井物産に入社しビジネスキャリアを積んだ。
本書が説き起こされるのは、2018年にMBA(経営学修士)留学のため、三井物産を休職し中国・上海へ渡ったところからだ。20年ぶりの長期帰国。到着するやいなや「中国で進展していた2つの革命の洗礼」を受けたという。「キャッシュレス革命」と「動画革命」だ。
キャッシュレスについては断片的ながらも中国の先進ぶりは伝えられており、心構えはできていたつもりだが「キャッシュという存在が社会から消えつつあるといっても過言ではない状況」にたじたじ。屋台や露天商、街頭パフォーマーまでQRコード決済を導入しており、日本などとは逆に、現金を使うときにサインが要る場合があるという。
著者にとって「より衝撃的」だったのは「動画革命」だ。上海では街行く人々が手にスマートフォンを持っているのはもちろんだが、市民はあらゆる場所で動画を見ていたのだ。日本でも電車やバスの待ち時間に、また、それら乗り物の中で、ほとんどだれもがスマホを手にしているが、興じているのはそれぞれゲームだったり、SNSだったり、ニュース記事やショッピングもあり、中に何人かが動画を見ているというところだ。だが、中国では、大半がなにかしらの動画をみており、それが、いずれも数分程度のショートものだった。
それが、TikTokの中国版「Douyin(ドゥ―イン)」。日本でTikTokといえば、ユーザーは若者というイメージだが、中国では地方の小さな街でも屋台で食事を売る「おじさんやおばさん」が、自分が調理している様子をスマホでライブ配信。見た人がアプリの「投げ銭」機能を使っておひねりを出してくれればラッキー、といった程度の感覚でやっているという。中国全土の14億人が総ユーザーであり、総クリエイターというような状況になっていたのだ。それはカメラの機能が優れたスマホが普及したからではない。アプリの機能が、そう仕向ける仕組みを備えているからなのだ。
著者は上海に渡り、見聞きした様子をブログで報告。本書はそれをもとに加筆、編集した。しばらくのちに著者はTikTokを開発した会社、バイトダンスで働きはじめるが、本書は、入社前の個人的な見解をまとめたものと断っている。
「鎖国」が生んだイノベーション
日本で育った著者は、中国の技術革新と社会変革に大きな衝撃を受けた。それは、昔ながらの貧しい中国のイメージがどこかにあるからということや、インターネット環境が政府による強力な統制下にありサービスやコンテンツが厳しく制限されていることを認識しているからだ。貧しいイメージは上海の街をみればすぐにも誤解とわかるが、IT系についても、よくよく知ると間違った理解であることがわかるという。
中国政府のインターネット規制は、GAFAといわれる米国のグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルをはじめとする外国IT企業が中国へ進出することを断念させ「鎖国」状態を招いた。その結果として、中国国内では多くのスタートアップが生まれ、14億人という世界最大の市場を囲い込む形で、独自のチャイナ・イノベーションを生み出すことになったのだ。著者によれば、その集大成として、いま、最前線にあるのがTikTokであり、Douyinだ。
SNSをめぐって始まっている大きなトレンドの変化は、「テキスト・画像から動画へ」という流れという。インスタグラムなどでも動画アプリが加えられている。中国ではこの動きが先行しており、Eコマースサイトでも商品説明は動画だ。TikTokはこの動きにもうまく乗っている。
インターネットのメーンの使い方の一つは「検索」だが、機械学習、AI(人工知能)の開発が進むにつれて、とくにSNSでは、自分で探す検索よりも、レコメンドが望まれるようになっている。著者は、TikTokが世界最強のSNSになり得る理由の一つとして「レコメンド機能」の強さをあげる。バイトダンス社では、機械学習で強力な技術を備えており、利用者ごとに最適化された動画をお薦め(レコメンド)してくれるという。ユーザーがアプリを使えば使うほどその精度は高まる。
TikTokでは広告の動画もレコメンドで組み込まれ、コンテンツに溶け込むように編成されるなど、連続視聴を促す仕様になっており、YouTube(ユーチューブ)などにはない設計上の優位点という。
このレコメンド機能の強化が可能なのは、キャッシュレス革命でもいえることだが、国民が個人情報のほとんどを政府に管理されていることから、便利になるなら個人情報をプラットフォームに提供することに抵抗感がないという中国固有の事情に依存するところも大きい。
こうした点からすれば、Tik Tokばかりでなく、中国生まれのプラットフォームが世界で「革命」を起こすのは、国内で果たしたほどには容易ではないともいえそうなのだが。
「TikTok 最強のSNSは中国から生まれる」
黄未来著
ダイヤモンド社
税別1500円