「安倍首相に良心はないのか」――。2019年11月22日、GSOMIA(日韓軍事情報包括保護協定)の破棄が土壇場で回避され、日韓に対話の機運が生まれたかと思いきや、韓国の大統領府(青瓦台)がぶち切れ状態になっている。
「今回のGSOMIA継続は日本側のパーフェクトゲーム」「こちらは何も譲っていない」という日本側首脳の発言がメディアを通じて伝わり、「信義違反」「発表歪曲」と激怒してるいのだ。
韓国側にとって、今回の措置は「日本が頭を下げてきたから応じたまでで、韓国の判定勝ち」という立場なのに心外だというわけだ。いったいどういうことか。韓国紙で読み解くと――。
「GSOMIA延長でもやっぱり韓国政府が判定勝ち」
韓国側の怒りのすさまじさを、聯合ニュース(11月24日付)「韓国大統領府『安倍氏発言、良心の呵責ないか問いたい』=韓国の判定勝ち」がこう伝えている。
「韓国政府が日本とのGSOMIA終了を条件付きで延期する決定をしたことについて、日本側から『譲歩なしに外交交渉で勝利した』との趣旨の報道が続いている問題で、青瓦台(大統領府)は11月24日、『意図的に歪曲したもので、牽強付会』と強く反発した」
「日本メディアの報道によると、安倍晋三首相は韓国によるGSOMIA終了の条件付き延期決定後、『日本は一切譲歩していない。米国が非常に強く圧力をかけたので韓国がおちたという話だ』と発言したとされる。これに対し、鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長は『メディアに報じられた安倍首相の発言が事実なら極めて失望する。日本政府の指導者として果たして良心の呵責を感じずに言える発言なのか、問わざるを得ない』と指摘した」
この安倍首相の発言は朝日新聞(11月24日付)が報じたものだ。ほかにも産経新聞(11月23日付)は「ほとんどこちらのパーフェクトゲームだった」とする日本政府高官の発言を報じた。また、毎日新聞(11月23日付)も「日本は(自分の)カードを切ることなく、輸出規制問題をWTO紛争から両国間の協議に回す成果を得た」とする外務省関係者の発言を報じた。
こうした日本の主要メディアを通じて伝わる日本側の「完璧な外交的な勝利宣言」が韓国大統領府をいたく刺激したのだった。
日本のこうした態度に、チョン国家安保室長は「今回は日本側が歩み寄ってきたから、GSOMIAに対して韓国が難しい決定をした。これは、文在寅(ムン・ジェイン)大統領の原則と包容の外交が判定勝ちしたと評価する」と述べたのだった。
どうして、韓国側が「判定勝ち」と主張するのか――。ハンギョレ(11月25日付)の「大統領府『安倍首相に良心を持って言ったのか問いただしたい』」によると、日本側からこんな「裏提案」があったというのだ。
大統領府関係者は、GSOMIAを予定通り終了するという韓国政府の最後通告が詰めの交渉過程で日本の態度を変えたと強調。「韓国政府が11月19日、日本政府に態度変化がない限り、GSOMIAを23日午前0時に予定通り終了するしかないという最後通告を行った。それを受けて、日本側が当日午後、輸出規制問題を話し合い、再検討できるという立場を伝えてきた」と説明した。
そして、「当時、日本政府が半導体3品目の輸出規制と韓国のホワイト国資格の復元を再検討できるという意思を伝えてきた」と付け加えた。交渉の節目にプレッシャーを感じ、折衷案を出したのは韓国政府ではなく、日本側だったということだ。
ハンギョレはこう続ける。
「チョン室長も、日本が韓国に歩み寄ってきたのだと強調した。チョン室長は、日本側が謝罪したという事実も公開した。彼は、日本の経済産業省が11月22日の会見で『輸出規制3品目に対する個別審査と許可方針に変わりがない』と言ったことについて、『合意内容を意図的に歪曲、または誇張して発表した』と、翌23日の韓日外相会議で抗議すると、日本側が『謝罪する。合意した内容には何ら変りがない』と再確認したと付け加えた」
大統領府高官「私を怒らせるとどうなるか、試してみれば」
さらに、チョン室長は記者団の前でこう大見えを切ったのだった。
「どちらか一方がとんでもない主張をして相手を刺激する場合、『そのようなことが続けば私がどう出るのか、試してみればいい』という意味の『ユー・トライ・ミー(You Try Me)』という警告を発したい」
もっとも、この日本側の「謝罪」について読売新聞(24日付)はすぐさま「外務省幹部は韓国側に謝罪した事実はないという反応を示した」と報じた。すると、翌25日の聯合ニュースによると、青瓦台の尹道漢(ユン・ドハン)国民疎通首席秘書官が記者らに質問に、こう答えた。
「読売新聞の報道は承知しているが、日本政府の誰もわれわれに『(謝罪したというのは)事実と異なる』『謝罪したことはない』と言ってこない。もし、日本側が謝罪していないなら、公式ルートを通じて抗議してくるだろう。メディアが問題を作り出しているが、真実は決まっている」
と、強調したというのだ。
つまり、「我々の(日本政府が)謝罪したという発言に対して、日本政府が正式に抗議してこないのだから、謝罪はあった」というような言い分である。
韓国政府が、日本に対して威勢のよさを見せなくてはならないのには理由がある。対北朝鮮外交のあまりの弱腰に韓国世論から袋叩きにあっているからだ。
文在寅大統領は11月25日から釜山(プサン)で「韓国・ASEAN(東南アジア諸国連合)特別首脳会議」を開いている。文在寅政権が発足して以来、初めての大規模国際会議だ。また、低迷する韓国経済の起爆剤をもくろむ「新南方政策」のスタートと位置付けている。
北朝鮮に「おじけづいた犬」と馬鹿にされながら物乞い外交
そのためには北朝鮮も巻きこみたいと、何度も金正恩(キム・ジョンウン)委員長に招待状を送っているのだが、コケにされて、「物乞い外交」として批判されているのだ。朝鮮日報(11月22日)「社説:韓国国民を赤面させる『金正恩ショー』物乞い」がこう伝える。
「北朝鮮は10月21日、文在寅大統領が金正恩委員長に宛てて韓国・ASEAN(東南アジア諸国連合)特別首脳会議への招請親書を送ったという事実を明かすとともに、この招請を拒否した。北朝鮮側は、答礼訪問拒否の理由について『濁りに濁った南朝鮮(韓国)の空気』のせいだとした。『南朝鮮当局が外部勢力依存から脱皮できていない』とも主張した。米国を圧迫して北朝鮮制裁を解くということができずにいることへの非難だ」
「北朝鮮側は、文大統領が、金正恩が来られないのなら特使でも送ってほしいという要請を数回にわたって送ってきた事実も公にした。韓国がどれほど窮して自分たちにすがってきたかを公開しているのだ。韓国大統領がなぜ、北朝鮮のような暴力犯罪集団相手に物乞いまでしなければならないのか。これは国家安全保障のための交渉なのか、政権安定のための政治なのか」
朝鮮日報は、さらにこう憤る。
「文大統領は、金委員長の『おじけづいた犬』『ゆでた牛の頭』などの無礼な侮辱の前でもぺこぺこしている。国のありさまをこれほどにして、戻ってくるものは何か。金正恩ショーに対する幻想から目を覚ますべきだ」
11月7日、日本海で操業していた北朝鮮のカニ釣り漁船の船員2人が、仲間の船員16人を殺害して韓国に亡命してきた。韓国政府は「犯罪者を受け入れるわけにはいかない」と、すぐさま北朝鮮に送り返した。
金正恩委員長への「忖度」が働いたためだが、脱北者を北朝鮮に強制送還したのは史上初めてだ。国際人権団体と韓国野党が、一斉に文大統領を糾弾している。
ここまで北朝鮮外交で「弱腰」を批判されている以上、日本に対しては威勢よく「強腰」にふるまう以外にないわけだろう。
(福田和郎)