2019年10月10日、ジョンソン英首相はアイルランドのバラッカー首相をイングランド北西部に招き、ランチミーティングを行いました。両首脳は会談後にツィッターで合同声明を発表。その中で、「(ブレグジットについて)合意への道筋が見込めるとの点で一致した」と、驚きの声明を表明しました。
「不可能」と思われたブレグジットが動いた瞬間でした。
「合意なき離脱」なら、英GDPは8%超下落か
これまでアイルランドのバラッカー首相は、英国のブレグジットを最も痛烈に批判していました。国境を接するだけでなく、これまでの歴史的経緯もあります。
その意味では、当然の反応ではあります。ところが、そのアイルランドの首相がジョンソン英首相の離脱案を評価しました。合意に基づく離脱が可能になった瞬間であり、それだけで市場は激震しました。
英ポンドは、対ドルで1.22ドル台半ば前後、対円では131円台半ば辺りで推移していましたが、このニュースを受けてそれぞれ200ポイントほど上昇。その後10日程度で対ドル1.30ドル前後に、対円では141.50円前後へと10円もの上昇になりました。
今年の為替市場は本当に動かない相場が続くのですが、この英ポンドのラリーは今年最大のチャンスだったと言えます。この10円の上昇の一部でも取れていれば、今年の為替トレードは収益的にかなり楽になったはずです。
なぜ、英ポンドはこれほど上昇したのか――。それは、英ポンドが極めて「割安」だったからです。2016年6月23日の国民投票で英国民は大方の予想に反して、離脱「賛成」に投じました。
EU(欧州連合)から離脱すると、英国の経済力、国際競争力は相当下落することになります。特にまったく準備のない「合意なき離脱」となった場合、英国のGDP(国内総生産)は8%以上下落すると試算され(英中央銀行、英財務省による)、英ポンドはそれを反映して対ドルで1.00ドルを割り込むかもしれないと、悲観的に予想されました。
ジョンソン首相は「いい仕事をした」
ブレグジットに失敗したメイ首相が退陣し、「合意なき離脱」も辞さないと公言するジョンソン氏が首相に就任すると、悪夢の「合意なき離脱」がついに現実となるかもしれないという恐怖から、英ポンドは一層売られました。
しかし、「毀誉褒貶」の激しいジョンソン首相ですが、一部の反ジョンソン派の予想とは裏腹に首相はいい仕事をしました。
メイ首相のとき、EU側は離脱協定案について「一文たりとも変更しない」と高圧的でした。ジョンソン氏に対しても最初はそうでしたが、ジョンソン氏の新しい離脱案に対しては「なかなかよい。考慮に値する」と積極的に検討しました。
ジョンソン氏の離脱案は、当初EU側からメイ首相に提示されたものに、よく似ているようです。すなわち、メイ首相よりもEU側に妥協したことになります。しかし、その結果、ブレグジット実現を妨害していた「バックストップ」の問題はなくなりました。
しかも、メイ首相がEUと合意した案には、頑強に反対していたハードブレグジット派の議員たち(ERG、ユーロリサーチグループと言われる議員団)は、ジョンソン首相の離脱案には賛成に転じました。膠着した英議会が、離脱案を可決する可能性が見えたのです。
英ポンドは「まだ割安」だ!
現在、英国は総選挙に突入しています。「選挙は水物」とはよく言われますが、ジョンソン首相率いる保守党の支持率は40%台前半と高く、コービン党首率いる労働党の支持率20%台後半を大きく引き離しています。このままの状況であれば、おそらく保守党は大きく議席を伸ばし、再開後の英議会で離脱協議案は問題なく賛成多数で可決されることになるでしょう。
少々困るのは、ナイジェル・ファラージ氏率いる「ブレグジット党(離脱党との翻訳もあります)」が、一定の支持率を得ていることです。離脱支持派の票が少し割れることになります。しかし、ファラージ氏は保守党が2017年に議席を獲得した317選挙区では候補者を擁立しないと発表しました。これで保守党の勝利はほぼ確実になったのではないかと思います。
英ポンドは上昇したとは言え、まだ「割安」といえます。英国の総選挙は12月12日投票予定とまだ先であり、ポンドを買い始めるタイミングが難しいのですが、どこかで保守党勝利を織り込む格好で買い始めるべきかなと思います。
「10月急騰」のような上昇はないでしょうが、ある程度の最後の価格調整で英ポンドが上昇する可能性は大いにあると見ています。(志摩力男)