「働き方改革」を盾にした「年金制度改悪」が進みつつある。2020年の通常国会に、年金保険法改正案が提出される見通しが浮上した。
そもそも「働き方改革」は、労働時間の短縮や残業時間の削減、有給取得の促進など従業員の労働条件の改善ばかりが注目されるが、人口減少に入った日本の労働力不足を解消させるため、働き手を増やすのが目的だ。
そのため、「働き方改革」の下では女性や高齢者の活用が検討されており、さらに政府の未来投資会議などでは、高齢者で継続した雇用を希望する従業員については、企業に(1)定年廃止(2)定年延長(3)継続雇用制度の導入――などの方法で、70歳までの雇用継続を義務付けることが検討されている。
「75歳」受給開始だと1か月の年金額は最大84%増
安倍晋三首相は、「年金受給開始時期を70歳にすることはない」と明言しているが、70歳までの高齢者の雇用継続の検討は、明らかに将来の年金改革で 70 歳受給を開始にするための布石だろう。
現在、政府は「全世代型社会保障」に向けた年金制度改正の検討を進めている。大きな柱は、(1)公的年金の受給開始年齢を75歳まで選択できるようにする(2)年金を65歳より前倒しで受け取る場合の減額制度を見直し(3)在職老齢年金の見直し――だ。
現在の公的年金制度は、受給開始年齢は原則65歳で、60~70歳の範囲で選択できる。受給開始を1か月早めるごとに、基準額(65歳から受給できる額)から0.5%減額され、遅らせるごとに0.7%増加する仕組みとなっている。
この公的年金の受給開始年齢を、75歳まで選択できるようにすることが検討されている。
年金受給を75歳まで遅らせた場合は、1か月あたりの年金額は最大で基準額の84%増になる。
これまでの年金受給年齢の引き上げのパターンを見れば明らかなのだが、政府はまず受給開始年齢を引き上げる。そして、受給開始年齢を引き上げたうえで、企業に対して継続雇用を義務化するという方法をとる。こう考えた場合、この受給年齢を75歳までの選択制にするということもまた、年金受給開始の年齢を70歳に引き上げるための布石としか思えない。
高齢者はもっと働け!!
また現在、60~64歳で年金受給を開始すると、基準額から最大30%の減額となるが、これを24%程度に圧縮することも検討されている。
確かに、この見直しは年金を受給開始年齢の65歳より前倒しで受け取る場合、これまでより受給額が増加するものの、それでも受給を75歳まで遅らせた場合には基準額の84%増になるのに比べれば、改善されるのはわずか6%程度でしかない。
在職老齢年金とは、年金を受け取りながら仕事をして収入を得ると、年金支給額が減額される制度で、現在65歳以上で年金を受給している場合は月収が47万円、60~64歳なら月28万円を超えると年金が減額される。
つまり、年金受給者は働くほど受け取れる年金が減る仕組みとなっていて、これでは年金受給者の労働意欲を阻害すると以前から指摘されていた。
そこで、65歳以上の年金受給者の場合、年金が減少する基準額を50万円台に引き上げることが検討されている。しかし、これとても「年金受給額の減額を減らすから、高齢者はもっと働け」ということ。加えて、引き上げた分の負担は若者層に圧し掛かってくることになる。
そもそも、現在でも65歳以上の年金減額対象者は、受給者全体の1.5%にしか過ぎず、ほとんどは企業の役員など富裕層であり、年金を受給しなくても生活が成り立つ層なのだ。
生活保護の半分以上が高齢者
近年、高齢者の就業者は急速に増加している。その背景には、少子高齢化の影響による労働力不足もある。しかし、2018年の労働力調査によると、65歳以上の就業者数は862万人と前年比55万人増加(1.3%増)しているが、このうち76.3%は非正規雇用だ。
つまり、「非正規雇用でも働かなければならない」ということだ。内閣府の2015年の「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」では、「就労の継続を希望する理由」は「収入がほしいから」が49%で圧倒的に多い。
2019年7月生活保護の被保護者調査によると、高齢者の生活保護世帯数は89万7018世帯で生活保護を受けている全世帯の55.1%にあたる。生活保護受給者の半分以上が高齢者なのだ。
仕事は生活のためだけにするものではない。そこには楽しさや喜び、希望などがある。生活のために非正規雇用として働いている高齢者の現状を、政府はどう考えているのか。高齢者が年金だけでは生活できない現状があるにも関わらず、さらに年金受給年齢を70歳まで引き上げようとするのは、年金制度の改悪としか言いようがない。
現役世代、将来世代と年金受給世代のバランスを考えたうえで、高齢者の働き方を改善していくことで、現役世代や将来世代が年金を受給できるようにしていくことが重要だ。(鷲尾香一)