戸田恵梨香さんがヒロインを務めるNHKの連続テレビ小説「スカーレット」。男性ばかりの陶芸の世界に飛び込み、女性初の陶芸家を目指す物語だ。
ドラマはまだ、陶芸家の夢のスタート地点にも立っていない段階だが、夢に向かって一直線に突き進むヒロインの姿に、
「励まされて元気をもらえる」
「女性の職業自立をリアルに描いている」
と称賛の声が上がっている。
ビジネスパーソンをも引き付ける魅力を探ると――。
「なつぞら」のイージーさに比べ、現実の厳しさがリアル
インターネット上の番組感想の声の中で多いのは、「スカーレット」のヒロイン喜美子(戸田恵梨香さん)と、前作の朝ドラ「なつぞら」のヒロインなつ(広瀬すずさん)との比較だ。
二人とも絵を描くのが好きだという点で共通している。しかし、なつが周囲の人々に助けられ、とんとん拍子でアニメーターの道を進んだのに比べ、喜美子のほうは挫折の連続だ。
家は貧しく、父親は飲んだくれで、借金の山ばかりつくる。喜美子の収入をあてにしているくせに、「女に夢は必要ない!」と勝手にお見合い話を持ち込んできたりする。2019年11月13日放送では、早くも信楽焼の絵付け師になる夢を断念させられた。
だから、こんな声が相次いでいる。
「なつぞらの、酪農も好きだけど、ホントは東京で漫画映画やりたいんだよね~と思っていたら、偶然にも友だちのお兄さんが漫画映画の会社で働いていた。入社試験受けたら受かっちゃって、最初はつまんない塗り絵みたいなことやらされていたけど、社内で力のあるおじさんに気に入られたものだから、あれよあれよという間に女性初の作画監督になっちゃった。
わ~いわ~いという感じだった前作からの落差の激しさよ。喜美子はまだ、自分の夢を見ることさえしていない。そのスタート位置につくまでの段階をこれでもかというほど丁寧に描いている。不満そうな顔も、不機嫌な態度もとらず、すべてを納得して精一杯生きている喜美子の物語を応援せずにはいられない」
「社会的、経済的、ジェンダー的な視点が丁寧に貫かれている」
ドラマの舞台、丸熊陶業で働き始めた喜美子は、深野心仙(=フカ先生、イッセー尾形さん)に頼んで素焼きの絵付けをさせてもらう。「ええよ~」。深野のOKをもらった喜美子は、絵付け師になる夢の第一歩を進んだと勝手に思い込んでしまうが、厳しい現実の壁にぶち当たるのだった。深野はただの遊びだと思っていたのだ。
「ここでやすやすと『君、才能あるな』『すぐにでも来てくれ』『すごいな。さすが喜美ちゃんや』『天の恵みや』とかならないところが最高だな」
「このただの体験に来ただけなのに『才能あるよ、やってみないか?』と言われたパターンが『なつぞら』だと思うと、今さらながらそのイージーさに笑えてくる」
「フカ先生とお弟子さんズ、喜美子が甘い考えで仕事をしたいと言っても、馬鹿にしたり、頭ごなしに言ったりしないで、現実を淡々と教えてくれる態度、いいな」
「秀逸なのは、喜美ちゃんの絵の才能が見出されるわけでも否定されるわけでもなく、弟子入りして3年間無給で耐え忍んで修行することができないから絵付けを続けられなくなったところだ。この社会的、経済的、そしてジェンダー的な視点が丁寧に貫かれているところがスゴイ」
ジェンダー的な視点では、こんな声がある。
「今日の回で一番刺さったのは、食堂のおばちゃんが厚意から誘ってくれる休憩時間のおしゃべり。これはね、100%善意からの言葉ですごく嬉しくもあるけれど、夢のために寸暇を惜しんで絵の勉強をしたい喜美子にとって、どっと疲れる好意なんだよな」
このように、家庭でも職場でもがんじがらめに縛られる喜美子。
「自分に気持ちが芽生えたら夢に向かってすぐ走り出せるなんて、家の経済状況と家庭環境に恵まれている人だけです。実際はスタートラインにさえ立てない人が多くいて、スカーレットはスタートラインにたどり着く大変さを痛いほど描いています。やはり、朝ドラはこうでないと、ヒロインを心から応援できない。前作のように何の苦労もせずに思いどおりに進む話より、苦労に苦労を重ねて、自分の夢を叶えていくからこそ視聴者も共感できます」
「あの時代だけじゃなくて今だって、やりたかったことを『済んだ話や』って自分に言い聞かせて諦めた人はいっぱいいる。 やりたいことをやりたいだけ出来た人の裏にはこうやって我慢した人が必ずいる。そういう人たちにスポットをあてたドラマだ」
働く女性の道しるべ「ちや子」がカッコいい
さて、そんな喜美子のもとを新聞記者から雑誌記者に転身した庵堂ちや子(水野美紀さん)が訪れる。喜美子にとって、ちや子は姉のような存在であるだけでなく、このように生きたいと思う、働く女性の道しるべ的な存在だ。情熱を失わずに、熱く琵琶湖の取材を語るちや子の姿に、喜美子は思わず大泣きして、絵付けの夢を断念したことを打ち明けるのだった。
「自分のやりたい仕事の道に猛進している、それを語るちや子さんを見つめる喜美子が『うちもやりたかった』『うちには余裕も時間もないねん』と泣きじゃくる姿には完全にやられた。もらい泣きしてしまった。このドラマは、仕事の現実は甘くないということをきっちり描いてくれている」
「ちや子さんと別れる時の『次会うたときも泣かしたるわ』『次会うた時は泣かんですむよう頑張ります』。なんて素敵な言い方、セリフが秀逸だ」
ちや子は、ギスギスしていた喜美子の妹直子の心も穏やかなものにしたのだった。
「ちや子さんは、喜美ちゃんの涙するほどの悔しさに心を寄せすぎたりしない。妹の直子は、大泣きする喜美ちゃんを見て、姉の心情が痛いほどわかって、あれだけ嫌がっていたお風呂の薪を自らくべる。喜美ちゃんも、ちや子さんも、直子も、ただ人としてそこにいてくれる」
今後のちや子に対する期待の声も多かった。
「ちや子さん、一時自暴自棄になっていたが、婦人雑誌の記者になり、琵琶湖大橋の建設の取材というやりがいのある仕事を任されてよかった。まだ先の話しですが、喜美子が陶芸家として一本立ちして有名になったら、喜美子の特集記事をちや子さんは婦人雑誌に載せるのでしょう」
「ちや子さんカッコいい。ちや子さんのスピンオフドラマを見たい。そっちのほうがバカ親も出てこないし」
ダメ親も捨てず、夢にも進むバイタリティーがある
スカーレットには、ちや子以外にも喜美子に大きな影響を与える大人の男たちが多く出てくる。彼らには共通した特徴がある。それは――。
「草間さん(佐藤隆太さん)といい、ジョージ富士川(西川貴教さん)といい、フカ先生といい、喜美子が師と仰ぐ、仰ごうとする大人の男たちが皆、揃いも揃って柔和でよくできた人物なのですね。父親(北村一輝さん)のダメっぷりがさらに際立つ。ああ、制作陣はわかってやっていますよね」
そして、最後にはこんなエールが――。
「このドラマ、アグレッシブすぎる。一見地味に見えてかなり攻めている。この手のドラマの常套手段は、親がすごく優しくてヒロインは大きな愛に包まれて育っていくパターンと、親がとんでもないろくでなしで、ヒロインは家を飛び出して自分の道を切り開くパターンのどちらかがほとんどだ。喜美子のスゴイところは、ダメ親でも家を捨てることなんてできない、だから親も妹も捨てずに自分の夢もかなえてみせるという強い気持ちで、立ちはだかる壁にぶつかってゆくバイタリティーがある。こういう強いヒロインが私は好きだ」
「話は地味だが、ぶれない喜美子。苦労して、苦労して、陶芸家に成るのだろう。家族に足を引っ張られているけど、頑張れ~!って応援しています」
(福田和郎)