外国為替市場で、ドル円相場の変動幅が狭い年が続いています。
2017年は高値が1ドル=118.60円、安値は107.32円で、年間の値幅は11.28円でした。2018年は高値114.55円、安値は104.56円で、値幅はわずか9.99円と10円を割り込みました。
2019年は史上最も狭い値幅だ!
これまで過去3年連続して狭い値幅が続いたことはありませんでした(2011年、2012年と10円前後の値幅でしたが、2013年はアベノミクス相場で大きく動きました)。そのため、今年(2019年)こそは大きな値幅が期待されたのですが、これまでのところ高値が1ドル=112.40円、安値が104.46円。その差7.94円と史上最も狭い値幅となっています。
いつまでも狭いレンジが続くわけはないのですが、この膠着は異様です。エネルギーを蓄えているとも言えますが、狭い値幅を正当化する強い理由があるようにも感じます。
よく為替相場は、経済的な理由よりも、政治的な理由で動くと言われています。為替は、二国間の通貨の交換レートですから、必ず相手(国)がいます。相手国が政治的に受け入れられないレベルにまで通貨が変動すれば、さまざまなルートを通じて警告が発せられます。そして市場参加者は、こうした国同士の微妙な軋轢を感じながら、相場を形成していきます。
今現在の為替市場で考えてみましょう。毎日発せられるツィートからもわかるように、トランプ米大統領には明らかにドル安志向があります。現実的に難しい面もありますが、大統領はチャンスがあれば、いつかドル安政策を発動したいと思っているでしょう。
そうであるなら、1ドル=120円に達するような円安は、トランプ米大統領としては到底受け入れられないものです。そうなると市場参加者の意識としては、120円に達する手前、115円前後ぐらいから市場への警告等が出てくるかもしれないと「警戒モード」に入ります。
その一方、安倍政権はなんとしても円高は阻止したい。100円を割り込むような円高となると、景気にも悪いですし、2%のインフレ目標も達成できない。そうであるなら、その手前105円ぐらいからは、さまざまな形で警告を発してくると考えます。
そうなると、現在の日米両政府による許容可能なレンジは、だいたい1ドル=105~115円程度ではないかと推測され、これまでのところ、このレンジ内での推移となっています。
ドル円相場を決めているのは米国だ
とはいえ、トランプ政権はドル安を望んでいるはずです。1ドル=105円のドル円相場は十分に安いのでしょうか――。米財務省が毎年出す「為替報告書」には、円は20%以上割安(25%とされた年もあります)と指摘されています。米当局の本音としては、ドル円は現状よりも20~25%下落したところ、つまり現状108円から考えると81~87円前後が米財務省の考える適正レベルとなります。
では、どうして円高とならないのか。ファンダメンタルズ的なことを言えば、日米の成長率、成長期待の違い、金利差、経常収支が黒字でも貿易収支はほぼ均衡していることなどがあります。また、政治的には日本政府が円高を望んでないという理由があります。
これまでの歴史を振り返ると、日本政府がいくら円高を避けたいと思っていても、米国政府の圧力によって円高にさらされてきたという経緯があります。代表的な例では、1993年2月19日、当時のクリントン政権財務長官であったロイド・ベンツェン氏が「I`d like to see a stronger Yen(円高になるのを見たい)」と発言したことが挙げられます。その2年後、円は80円へと急騰しました。
日本政府には為替市場をコントロールする政治力はありません。その力は、覇権国である米国にあるのです。すべては米国の意思です。
では、なぜ今、円高にならないのでしょう。おそらく、かつての日本は米国の「経済的仮想敵国」であったのですが、それが今や中国が仮想敵国となり、日本は重要な同盟国、言い方を変えれば、保護すべき国へと「ポジション」が変わったからではないでしょうか。
かつて冷戦構造が日本の台頭を生んだと言われていた時期があります。ソ連を中心とした共産主義陣営の勢力が強く、たくさんの国で共産主義革命が起こりました。その流れを止める必要性もあり、日本という資本主義成功モデルが必要だったのです。ドル円は360円というかなりの円安レベルで固定化され、米国は市場を開放し、日本企業は米国という巨大市場で大成功を収めました。もちろん、日本企業の努力もあるのですが、それを妨げなかった米国の国策がありました。日本は保護されるべき国だったのです。
成長する中国の脅威
かつての日本は成功しすぎました。米国経済が衰え、今度は日本やドイツといった国が米国を支える番になったのです。それを象徴するのが「プラザ合意」でした。日本は自ら積極的に円高を受け入れたのです。
ただ、米国はそれだけでなく、自国市場から日本を締め出そうともしました。貿易摩擦問題です。クリントン政権では、日本からの輸入量を一定限度に留めようと「数値目標」まで持ちかけられました。
この当時、米国は日本を同盟国というより、明らかに「経済的仮想敵国」と見ていました。激しい為替変動は、その象徴です。「数値目標」を受け入れないのであれば、すべては市場に委ねられることになる。日本の対米貿易黒字がある限り、円高になるという構図になりました。
今、状況はかなり違って来ています。日本は「失われた30年」、この間GDP(国内総生産)は1.2倍にしかなっていません。その一方、遅れた発展途上国であった中国が台頭し、GDPは40倍以上の成長を見せ、今やテクノロジー的にも米国の覇権を脅かす存在となりました。
おそらくは今後数十年、米中2強時代が続きます。今、日本が米国側陣営に付くことは、当然のことのように感じられます。しかし時間の経過とともに、中国経済はさらに大きくなっていきます。
米国は、気が気でないでしょう。小さくなったとはいえ、日本のGDPは世界第3位。現在1位の米国側に付くのか、将来1位となる中国に付くのか、日本の動向が米中の命運を決するとも言えます。
こうした状況ですから、米国が日本に「優しい」のは当然とも言えます。米国は日本を守らなければなりません。つまり、「100%ない」とは言えませんが、表向きのトランプ米大統領の言葉とは裏腹に、無下に円高誘導して、ただでさえ苦しい日本経済を奈落に突き落とすような真似はしないということです。
国力低下の結果ともいえ、あまり喜ばしいことではないのですが、米中対立の状況下では日本の動向が重要となり、そのため政治的に円高が避けられているという状況だと言えるのです。(志摩力男)