多部未華子さん主演の「経理女子」が大活躍する企業コメディードラマ「これは経費で落ちません!」(NHK総合)が2019年7~9月にかけて放送され、人気を博したばかりだが、いま企業の経理部は、どこも人手不足に苦しんでいる。
そんななか、オンラインで完全に企業の経理を代行し、「経理女子」も全員在宅勤務で働くママさん中心という会社がある。経理の人材難に悩む企業と、子育てをしながら働きたい女性の願いを「一石二鳥」でマッチングした形だ。
研究熱心で経理オンチの父とキャリアを捨てた母の想い
この会社は、企業向けに経理代行サービスを専門に行っている「メリービズ」(東京都中央区)だ。全国に750人の在宅経理スタッフ(業務委託)を抱え、顧客企業の経理を行っている。750人のうち93%が女性で、そのうち6割以上がママさんだ。
経理代行会社の大半は、金融機関やグループ企業の経理部門を統合した子会社や、税理士や会計士などが経営する専門会社だ。経理スタッフを常駐させているところが多く、スタッフが完全なリモートワークのところは珍しい。
現在、ヤフーやクックパッド、ベネフィットワン、スマートニュースなどのITやベンチャー企業、NPO法人などを中心に契約している。
社長の工藤博樹さん(44)が創業するきっかけになったのは、「父と母への想いだ」という。父親は自然界などに存在する微量な放射能を検出する装置の研究者だった。北極のアイスコア(氷床コア)から過去数十万年分の放射能の推移を調べたり、広島や長崎の被爆地の残留放射能を調べたりした。その一方で小さな会社を経営していたが、経理などの事務作業に苦しんでいた。
工藤さんが語る。
「父は研究バカでした。研究していると寝食を忘れるくらいですが、大嫌いな仕事が書類作業でした。特に経理がまるでダメで、計算機を手に悪戦苦闘しながら夜遅くまで机に向かっていた姿が目に焼き付いています」
母親は、大学を出て通訳の仕事をしていた。大企業の重役が海外出張する際、アテンドをして重要会議に参加したり、1970年の大阪万博では諸外国の要人の通訳をしたりするほどだった。
「しかし、父と結婚して私と弟が生まれると、仕事を辞めて専業主婦になってしまいました。母の能力を考えると、本当にもったいないことです。もし、時代が違っていれば、家にいてももっと働くことができたはずです」(工藤さん)
工藤さんにとって「メリービズ」の創業は、経理に悩んだ父親のような中小企業経営者と、働く機会を失った母親のようなキャリア女性の、両方の想いに報いるベンチャーというわけだ。
地方では経理の人材難で倒産する会社も
メリービズでは、独自に開発したAI(人口知能)システムによって、在宅の経理スタッフと顧客企業を「会社の隣に経理部員がいるように」結ぶことが可能になった。
仕組みはこうだ。顧客から経理業務代行を依頼されると、同社のコンサルタントが出向き、経理を丸ごと請け負うのか、入金管理・支払清算など一部だけなのかをチェック。企業ごとに経理方法や業務量が違うため、その会社に合ったスキルを持った経理スタッフでチームを作る。
経理をアウトソーシングすると、どういうメリットがあるのか――。
工藤さんは、
「経理の仕事には、月初めや月末に業務が集中するかと思えば、月の半ばに暇になるといったように波があります。忙しいときの急な欠員対策や、残業を減らすために臨時の契約社員を雇ったりするとコスト増になります。アウトソーシングによって、業務フローを効率化して、コストダウンを図ることができます」
と、説明する。
もう一つは「経理の属人化」の解消だ。
「属人化」とは、ある業務を特定の人が長く担当すると、その人にしかやり方が分からない状態になることを意味する表現。特に、中小企業では長年勤めた「経理オバサン」に辞められると、にっちもさっちもいかなくなるケースが珍しくない。アウトソーシングにすると、マニュアルを作成して「標準化」するため、誰にでもできるようになる。
また、人口減が進む地方では経理の人材難が厳しく、経理の人が見つからないために倒産に追い込まれるケースも珍しくない。オンラインによるアウトソーシングは、そんな地方の悩み解消にも役立つ。
経理代行を契約している会社の一つに、「GRA」という農業生産法人がある。東日本大震災の被災地、宮城県山元町で「食べる宝石」といわれる「ミガキ(磨き)イチゴ」を生産している。
「GRAさんは、被災地に本社を置き、復興支援のブランド農産物を作りたいという志で立ち上げた農業法人です。しかし、地元の山元町にはそもそもパソコンを使える人が少なく、経理ができる人がなかなか見つからなかった。『もう本社を東京に移そうか』という話にまでなったときに、弊社がお手伝いをすることになったのです」
と、語る工藤さん。
メリービズでは、秋田県内でも「地方支援」を行っている。秋田銀行と契約して、経理人材が見つからない地元の中小企業にメリービズがオンラインで経理スタッフを紹介する。また、秋田県鹿角(かづの)市とも契約。同市が集めた周辺に住むママさんテレワーカーに、メリービズが経理の仕事を業務委託する。いわば、経理の人材がほしい地方の中小企業と、仕事がほしい地方のママさんの「橋渡し役」を果たしているのだ。
「これ、経費で落ちません」と指摘しやすくなる?
最近、企業の不正経理が問題になっている。NHKのドラマ「これは経費で落ちません!」では、多部未華子さん演じる経理部員が、領収書や請求書から社内の不正を暴くシーンがよく出てくる。経理をオンラインでアウトソーシングすると、「監査法人ではないので不正を暴くとまではいきませんが、不正がしづらくなるのは確かです」(工藤さん)という。
それはこういうことだ。
企業によって、「10万円以上の買い物には稟議書が必要」などの細かなルールがある。企業内の経理部員が処理すると、領収書を出した相手がわかる場合には「忖度」が働くケースがないとは言えない。しかし、アウトソーシングにすると、膨大な領収書をルールに従って機械的に処理するため、ルールどおりではない領収書を見つけて、「おかしい!」と指摘することが可能だという。
在宅ワークの経理スタッフの一人に話を聞いた。
神奈川県の1歳11か月の女児がいるママさん(35歳)。金融関係の会社のバリバリのキャリアで、現在、育休中だ。経理の資格はもちろん、FP(ファイナンシャル・プランナー)の資格も持っている。
「待機児童の多い地域なので、保育園に預けることができず、一日中子どもと向き合ってきました。この仕事を始めて、育児、家事だけでなく、社会と関わっているんだという喜びを感じています。夜8時に子どもを寝かせ、9時以降が私の時間になります。それから仕事です。土日は夫が休みなので、子どもを任せて、経理の仕事に没頭できます」
そして、リモートワークについては、こう語った。
「自分の裁量で仕事ができて、メリハリをもった生活ができるのがいいです。出産、育児をきっかけにスキルを持っているのに、女性が仕事から離れるのはもったいないです。こういう働き方があることが、もっと広がるといいと思います」
(福田和郎)
プロフィール
工藤博樹(くどう・ひろき)
メリービズ 社長
1975年カナダ生まれ。2000年東京工業大学・大学院卒業。同年日本IBM入社(銀行・クレジットカード担当)。2008年INSEAD MBA取得。2010年ロコンド創業。2011年メリービズ創業。2015年、スタートアップ企業が中心になり、ファイナンス・テクノロジーを推進するFintech協会立ち上げ、代表理事就任。