「職・食・遊・学・住・医」を歩ける範囲に
著者の藤後幸生さんは、三重県伊勢市出身で、大学卒業後に松坂屋(現大丸松坂屋百貨店)経て米国に渡り、米流通業のノウハウや街づくりを日本に紹介する米国法人を設立した。この間にデベロッパー、森ビルの森稔氏と出会い、アークヒルズ、六本木ヒルズ、ヴィーナスフォートなどの都市開発に携わった。地方都市の中心地再開発にも携わり、官民一体の地方創生を説いている。
高度成長期に人が移り住んだニュータウンや郊外の団地もいまでは、人口減や建物などハードの老朽化が問題として取りざたされる。本書でも「日本が直面している問題の中心は人口減・少子高齢社会にある」と述べ、取り組みの一つとして、優れた「ハード」に、住みやすさや街の魅力など「ソフト」を合わせた「コンパクトシティの再生」を提案する。
「もともとは城中心の街だったところに駅ができ、郊外に宅地が造成されたことで人々は分散して住むようになり、街は中心地を失った。それをもう一度取り戻し『職・食・遊・学・住・医』のある、歩ける範囲のコンパクトシティを築くことは、将来的な街づくりの必須条件となると考える」と藤後さん。
藤後さんは「足腰を据えて自立できる街」のことを「強街」と呼ぶが、これからの時代の都市にはそういう街が必要という。その「強街」の例は、自らも携わった「六本木ヒルズ」だという。もともとは都市計画から抜け落ちたような約10万平方メートル(3万3000坪)の木造家屋の住宅密集地。それが「ハード」と「ソフト」が融合した、まさに「職・食・遊・学・住・医」の街で、この建物ばかりでなく、ヒルズがある港区にも著しい波及効果をもたらした。
同区の人口は1996年に過去最低となる15万人未満にまで減少。ところが2003年に六本木ヒルズがオープンして以降は増加に転じて、勢いはその後に加速する。日本全体で人口減社会を迎えた08年以降も港区では増加が続き15年には24万人を超えた。子ども出生率も急激に増加した。
地方税や固定資産税の税収の伸びも著しく、いずれの伸び率も都心3区(ほかは千代田区、中央区)のなかで最も高くなっている。
もちろん、六本木ヒルズのようなハードがどこにでも建てられるものではない。重要なのはソフトだ。前述のように、もともとの地域は古い家屋が密集しており、火事が起これば延焼を免れない状態だった。それを再生し、徒歩の範囲で「職・食・遊・学・住・医」についての必要がかなえられる街をつくったことに意義があるのだ。
藤後さんは、こうアドバイスしている。「地方都市にも5000坪や3000坪といったまとまった土地があると思う。六本木ヒルズの3万3000坪という規模である必要はない。現在の廃れかけた市街地や城下町を眺めたときに『職・食・遊・学・住・医』を設置して中心となるべき場所はどこかをまず検討してみること。そのうえで、街には何が必要かを考える。『ハード』面については、災害に備えた耐震技術の施された建物や高齢社会を意識したバリアフリーの街づくりが必須条件となるでしょう」
「これからの都市ソフト戦略」
藤後幸生著
KADOKAWA
税別1600円