今年(2019年)のノーベル化学賞がリチウムイオン電池を開発した吉野彰(あきら)・旭化成名誉フェロー(71)らに贈られることが10月9日発表された。この快挙に日本中のメディアが沸いているが、隣の韓国メディアでは、
「悔しい」
「苦々しい」
「うらやましい」
と、やっかみとも受け取れる反応が起こっている。
折しも、日韓関係悪化のきっかけとなった日本の輸出規制の対象である半導体部品では、化学分野の研究が欠かせない。科学技術の面で日本に大きく後れをとっている現実が示されたからのようだ。韓国紙から読み解くと――。
ノーベル賞の受賞者数、日本VS韓国「28対1」
多くの韓国紙に目立つのは「28対1」あるいは「24対1」という数字の比較だ。いったいどういうことか――。これまでの日本のノーベル賞受賞者は、今回の吉野彰さんを含めて28人。そのうち化学、物理学、生理学・医学など韓国メディアが注目する科学分野の受賞者は24人だ。これに対して、韓国人の受賞者は2000年にノーベル平和賞を送られた金大中(キム・デジュン)元大統領だけである。
毎年のように日本人の受賞に過剰に反応する傾向は、韓国メディアにみられたが、今回は日韓経済戦争のさなかとあって、韓国政府機関もハンパなく騒いでいた。政府の教育科学技術部(編集部注・日本の文部科学省に相当)傘下の韓国研究財団が、「今年こそ」と有力候補を早々とアピールしていたのだ。
その動きを、朝鮮日報(2019年10月7日付)「韓国研究財団、ノーベル賞に近い韓国人17人を発表したけれど......」が、皮肉っぽくこう伝える。
「ノーベル賞受賞者の選定を控え、韓国研究財団は10月6日、ノーベル賞に近い韓国人科学者17人を発表した。しかし、最近海外の学術情報分析業者が発表した『2019年ノーベル賞受賞候補者』19人に韓国人は1人も含まれていない。韓国科学界でも『今年の受賞は難しいのではないか』との意見が大勢だ」
韓国研究財団は、論文の被引用数などの研究成果に基づき、17人の名前と詳細な研究内容を発表した。しかし、研究財団自身が「資料は韓国人のノーベル科学賞受賞可能性を占うものではない」と説明するありさまで、何のために発表したのか不可解だった。朝鮮日報記者はこう批判した。
「現実を冷静に見れば、受賞可能性が低いためだ。歴代のノーベル賞受賞者は本格研究を開始してから受賞まで平均で31.4年を要した。20~30年前からの研究実績を認められた格好だ。言い換えると、1990~2000年代の韓国の科学水準が評価対象となるが、残念なことに韓国が当時、基礎科学分野でよちよち歩きの水準だったことは厳然たる事実だ」
「安倍首相のおかげでノーベル賞の夢が現実に」
一方、科学者の中には、今回の安倍晋三政権の韓国に対する仕打ちが、科学系ノーベル賞の分野で韓国が日本を追い越す絶好のチャンスを与えることになったと訴える人まで現れた。「トンデモ論法」に思えるが......。
中央日報(10月3日付)のオピニオン面「時論:韓国が『科学ノーベル賞』日本を追い越す自信を持つ理由」で、イ・スンソプ韓国科学技術院機械工学科教授が、こう寄稿している。韓国科学技術院は韓国トップクラスの理工系国立大学だ。
「毎年10月になると、韓国人は隣国・日本のノーベル賞受賞の便りに羨望と相対的剥奪感を感じる。いつになれば韓国からも科学分野のノーベル賞受賞者が出てくるのか。筆者はこの質問に非常に肯定的な立場だ。自信を持つ1つ目の理由は、筆者が科学技術界の事情をよく知っているため、2つ目の理由は『ヤン・ジョンモ事例』のためだ」
ヤン・ジョンモとは、1976年モントリオール五輪のレスリングで金メダルを獲得した人で、「韓国初の五輪金メダリスト」とされる。1936年ベルリン五輪のマラソンで、ソン・ギジョンが金メダルを取ったが、日本統治時代に日本代表として出場したため、韓国では初の金メダリストとして認められていないのだ。
イ・スンソプ教授はこう続ける。
「筆者は韓国のノーベル賞のことを話すたびに『ヤン・ジョンモを知っているか』と学生に質問する。1960~70年代、韓国人の夢は五輪金メダルだった。ヤン・ジョンモが日本解放後初めて金メダルを取った。ソン・ギジョンの暗鬱を晴らしたのだ。当時の号外のタイトルは『民族の念願が叶う』だった。日本は1928年の金メダル初獲得以来、韓国が初めて金メダルを取った76年までに計65個の金メダルを保有した。韓国は48年間、日本の金メダルの便りを羨望の眼差しで見つめていた。だが、今や韓国は金メダル約120個を保有したスポーツ強国になった。過去30年間、韓国の金メダル数は日本をはるかに上回る」
だから、金メダル同様、ノーベル賞で追い越すのも、夢ではないというわけだ。その未来を安倍首相が開いてくれたと、こう続ける。
「最近、韓日葛藤状況を称して輸出報復、経済侵略と呼んでいる。だが、筆者は『既得権放棄』だと理解している。韓国企業は急速に国際競争力をつけてきたが、最も大きな障壁が日本の部品・素材産業だった。部品・材料はその特性上、長い研究期間が必要だ。やっと国産化に成功したと思っても、日本のありえない価格引き下げに振り回され、商品化に失敗する事例が茶飯事だった。一歩先に研究・商品化した日本企業の既得権だった」
安倍首相の輸出規制措置は数十年間積み上げてきた日本製品の既得権を放棄する宣言だと見ることができる。一時的な需給の困難はあるが、研究者は緊迫感をもって開発に没頭し成功させなければならないという使命感ができた。韓国の科学技術の発展のために、そして科学ノーベル賞をとるために、「安倍首相がグッドタイミングで政策措置をとってくれたことに感謝したい」と、イ・スンソプ教授は結ぶのだった。
「木の下で口を開けて柿が落ちるのを待つようなこと」
しかし、韓国は今回もノーベル賞はとれなかった。中央日報(10月11日付)社説は、タイトルからして悔しさを隠さない。「24人目に科学ノーベル賞を受けた日本を眺める苦々しさ」という見出しである。
「リチウムイオン電池の発展功労で化学者である吉野彰氏が10月9日、ノーベル化学賞受賞者に決定された。日本は昨年にも京都大学の本庶佑特別教授が生理医学賞を受けるなど、2年連続でノーベル賞受賞者を輩出して科学技術強国であることを立証した。金大中(キム・デジュン)元大統領のノーベル平和賞1件しか受賞できなかった韓国の現実が新たに対比される」
科学技術分野のノーベル賞は、人類の視野を広げた新しい発見や技術に与えられる。その研究には長い時間がかかる。科学分野のノーベル賞受賞者の平均年齢は57歳。受賞まで計31.2年の歳月が必要だ。蓄積の時間が必要なのだ。ところが、韓国ではすぐ成果を求めるのが現実だと指摘する。
「教育や文化、政策がいずれも実用一辺倒だ。教育は直ちに大学入試に役に立つ国語・英語・数学に焦点が当てられている。幼い生徒が創意的に考え、それを発展させる余裕を許さない。粘り強い研究よりは直ちに使える技術を研究することにこだわる。日本と米国のような先進国から見習って生産技術の発展に固執してきた韓国式発展モデルの限界だ。明治維新後、若い科学者を留学させて1917年アジア最初の基礎科学総合研究所である理化学研究所(RIKEN)を設立した日本と比べ物にならない」
と、日本を大いに評価する。そして、最後はこう嘆くのだった。
「(韓国の)このような環境と風土では、いくら優秀な研究者がいるといっても生き残ることが難しい。政府や企業、国民の認識が一変しなければならない理由だ。今ノーベル賞を待つのは、木の下で口を開けて柿が落ちるのを待つようなことだ。だが、柿が落ちる木さえまともに育てられずにいるのが韓国の現実だ」
「日本がリチウムイオン電池を止めたらもっと大変だった」
一方、朝鮮日報(10月11日付)「韓国が心配する『素材・部品・設備』、日本はすでに7回目のノーベル賞」は、吉野彰さんが受賞した研究分野が「リチウムイオン電池」であることにショックを受けた。
「7月4日に日本が韓国に対し、半導体・ディスプレーの重要素材であるフッ化水素、フッ化ポリイミド、フォトレジストの輸出規制に踏み切った。韓国の産業界全体が驚いた。当時日本が刀を抜けば致命的な影響を受ける分野として挙げられたのがスマートフォンや電気自動車(EV)に使われるリチウムイオン電池だった。韓国はLG化学、サムスンSDIが世界のEV用リチウムイオン電池市場で4位、6位を占めるバッテリー強国だが、実は日本製の重要部品・素材がなければ、生産ラインを止めざるを得なくなるかもしれないからだ」
つまり、日本が本気で韓国にダメージを与えるつもりなら、リチウムイオン電池を止めればよかったというわけだ。
「日本人で24人目となる科学分野のノーベル賞の受賞者がリチウムイオン電池分野から生まれた。日本は素材・部品・設備分野では7回目の受賞だ。吉野氏受賞の知らせは韓国産業界が歩むべき『克日』の道がまだ遠い厳しい現実を改めて知らしめるもので、つらいニュースだった。日本はリチウムイオン電池の重要素材分野で世界最強の陣容を率いている。韓国の専門家は『韓国は日本製の化学素材の90%を国産化したが、重要部分の10%はまだ作ることができずにいる。一部の素材・部品の格差は20年に達する』と述べた」
吉野彰さんのノーベル賞受賞の報で、改めて科学技術の分野での日韓の差を思い知らされたというのだ。
(福田和郎)