コンピューターをめぐる次世代シーンは「アンビエントコンピューティング」といわれる。「アンビエント(ambient)」は「周囲の、ぐるり取り巻く」という意味で、操作などについて何も知らなくてもコンピューターが使える―ということらしい。
その主役として存在感を高めているのが、「ボイスコンピューティング」だ。
「アレクサVSシリ ボイスコンピューティングの未来」(ジェイムズ・ブラホス著、野中香方子訳)日経BP
米国では世帯普及率4割超
スマートスピーカーとかAIスピーカーなどと呼ばれる音声を認識する入力デバイスが日本で導入され始めたのは2年くらい前から。テレビCMなどで認知度は上がっているが、普及率は1割に満たないとみられる。開発の主役は、アマゾンやグーグル、アップルなど米国のIT企業。米国では世帯普及率が4割を超えているという。
本書「アレクサVSシリ ボイスコンピューティングの未来」(日経BP)は、アマゾンやグーグル、アップルのほか、マイクロソフトを含めた巨大IT企業が繰り広げている音声技術開発競争の歴史を「先駆者」の時代から説き起こし、その後の展開をレポートした。プラットフォームをめぐる争いはなお続いており、それぞれのメーカーの音声アシスタントの特性をみながら、今後の覇権争いの行方について検討している。本書で報告されている米国の現状が、日本の何年後かの状況と考えられ、その点でも興味深い一冊。
トップ2はグーグルと......
アップルの「シリ」を作ったエンジニアらが開発した新世代AIとされる「Viv(ヴィヴ)」が2年前、サムスンの機器に搭載され、ボイスコンピューティングの覇権争いが本格化したとされる。だが、本書によれば、ヴィヴは参入が遅かったため「支配的なインターフェイスになるための競争ではダークホースとみなされている」存在。「この競争が始ったのはわずか数年前だが、いまや優勝候補が明らかになりつつある」という。
その候補は、やはりというか、グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル―のGAFAと呼ばれる4社と、それらに加えて、ウィンドウズOSを介してアクセスできるAIアシスタント「コルタナ」を、職場用として売り込みを図っているマイクロソフトだ。
トップ2は、グーグルとアマゾン。2018年にグーグルアシスタントを搭載・サポートするデバイスは5000以上あり、アマゾンの「アレクサ」は2万にのぼる。アプリをみると、アシスタント向けのものは1700以上、アレクサ向けのものは全世界に5万もあるという。米国のスマートスピーカー市場では、アマゾンのシェア65%以上、グーグルは20%で、両社で85%を占める。
デバイス販売、広告は......
いまのところは数量的には圧倒的アマゾンが優位に立つが、ボイスコンピューティングが一般化することを見越して「どうやって収益をあげようとしているかを見ること」が、覇権の行方を占う方法だ。まずはデバイスを売ることだが、本書によると両社とも「アップルと違って、その選択肢に興味がない」。次に考えられるのは広告だが、音声広告ではスペースが狭く大した収益にはつながらない。音声で一つの答えを聞く前にいくつも広告を聞かされたらユーザーはそっぽを向くだろう。
となると、音声で収益をあげる最大チャンスはショッピングとみられる。本書で引用されている市場に関する調査研究だと、音声ショッピングの年間取引額は「現在約20億ドル」だが、22年までには400億ドルになると予測されている。そうなると、アマゾン優位は動かないのではないか。というよりアマゾンがますます優位になりそうだ。
アマゾンで利用者が何も指定しないまま音声で注文すると、アマゾンが一つの商品を提案する。たいていの利用者は他の候補を求めることはせず、そのまま購入する。アマゾンが提案する商品は、検索結果のトップあるいは上位のもの。製造や小売りの企業は、アマゾンが提案の対象として最初に選ぶプレミアムな地位を得るため大金を支払うことも考えられる。
アマゾン包囲網を構築
グーグルや、アマゾンをライバル視している製造・小売りの会社が、このことに気づいていないわけではない。グーグルと、ウォルマートやコストコなど日本でも名前が知られている小売り大手のほか、ターゲット、コールズ、ステープルズなど有名各社が提携。これらの企業の製品はすべてグーグルの音声デバイスで注文できる仕組みがすでに作られている。
「今後、グーグルは、グーグルショッピングのプラットフォームを拡張して、アマゾンの好敵手になるかもしれない」と本書ではみている。ただ、現時点では、アマゾンのアレクサが、市場シェアでも収益化のオプションでも他を引き離して先頭を走っていることは間違いない。
アップルは「シリ」で音声AIに先鞭をつけたが、技術的な評価が散々で、同社がスマートスピーカー「ホームポッド」をリリースしたのは18年。アマゾンエコーから遅れること3年半、グーグル・ホームもその1年半前に市場投入されていた。フェイスブックはじつは、対話型AIの研究に熱心で、スマートホームスピーカーを開発したものの、個人情報の取り扱い問題で炎上したため、公開を差し控えたという。
著者のジェイムズ・ブラホス氏は、技術ジャーナリスト。ニューヨーク・タイムズ紙のほか、ワイアード、サイエンティフィック・アメリカ、アトランティック、GQ、ナショナル・ジオグラフィックなどの各誌でテクノロジーの未来に関する記事を執筆している。
「アレクサVSシリ ボイスコンピューティングの未来」
ジェイムズ・ブラホス著、野中香方子訳
日経BP
税別1800円