韓国の俗語に「ネロナムブル」という言葉がある。「自分がやればロマンス、他人がやれば不倫」という意味だ。
この言葉を学生たちの抗議デモのプラカードに掲げられて批判された疑惑の「タマネギ男」ことチョ・グク氏(54)だが、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は2019年9月9日、法務部長官(法相)任命を強行した。
これで文在寅政権と検察の全面戦争が必至となった。なぜ、文大統領はこれほどの反対を押し切ってまで「検察改革」に固執するのか。そこには「検察共和国」といわれる暗黒の検察史がある。韓国紙から読み解くと――。
大統領側の奥の手は「検察に対する警察の捜査」
意外なことに、韓国の世論は日本のメディアが報じるほど、チョ・グク氏の法相任命に憤ってはいない。聯合ニュース(2019年9月10日付)「文大統領の法相任命強行 世論は賛否拮抗」がこう伝える。
「韓国の世論調査会社リアルメーターが9月10日に発表した調査結果によると、文大統領が法務部長官に娘の不正入学疑惑などが取り沙汰されているチョ氏を任命したことについて、『間違っている』との回答は49.6%、『よくやった』は46.6%となり、意見が拮抗していることがわかった」
9月7日にチョ氏の妻が検察から在宅起訴されたことを受けて行なわれた別の世論調査では、法相任命に「反対49%」「賛成37%」だったから、むしろ「賛成」が増えている。もはや国民の関心は、チョ氏の疑惑云々より、文政権と検察の一大決戦に移っているといえそうだ。韓国メディアが「チョ・グク大戦」(ハンギョレ紙など)と報じる戦いの行方はどうなるのか。
中央日報(9月10日付)「検察『日程通り捜査継続』...... 現職法務長官、史上初めて調査受ける可能性」がこう予測する。
「現職法務部長官が検察の捜査を受ける前代未聞の事態になる可能性もある。検察の人事および予算権を管轄する法務部トップにチョ氏が就任することにより、法曹界では政府が使用可能なすべての権限を行使して検察の捜査に揺さぶりをかけるのではないかとの見通しが出ている。これに反発し、一線の検事が大統領府に対する、いわゆる『検乱』を起こす可能性も提起される」
大統領府の出方によっては、「検察クーデター」も起こりかねないというのだ。
「ある検察幹部は『長官任命を強行したのは、大統領府が検察を押さえることができるという自信が反映された』と分析した。まず議論されているのは、検察に対する警察の捜査着手だ。大統領府や与党・共に民主党はチョ氏をめぐる検察捜査の過程で、主な被疑事実および証拠物が流出しているとし、検察に連日攻勢をかけている。チョ氏の娘の高校生活記録簿流出事件は警察が捜査を進めている。警察が検察を相手に捜査を行い、チョ氏関連の捜査の正当性を揺さぶるとの見方も出ている」
約2年前にチョ氏が民情首席補佐官として、「検察改革」の素案作りを始めて以来、検察は改革を阻止するためにチョ氏の家族の疑惑を積極的にメディアにリークしてきた、と大統領府は見ているのだ。その過程で、チョ氏自身も1990年代に、「極左」団体の韓国社会主義労働者同盟に加入していた事実も暴露された。こうした検察の「違法行為」に大統領府は警察を使い始めたという。
中央日報(9月10日付)は、さらにこう続ける。
「法務部が権限を行使して、ユン・ソクヨル検察総長および最高検察庁の指揮ラインに圧迫を加えるだろう。首都圏のある検察幹部は『検察に対する大統領府の宣戦布告だ』と主張した。法曹界では、特検発足は避けられないという見通しが出ている。ある検事長出身弁護士は『捜査対象が法務部長官に任命されたため、どのような結果が出ても検察の捜査結果の正当性に疑いがもたれかねない』と明らかにした。野党からも特検導入の主張が出ている」
「特検」とは特別検察チームのこと。トランプ米大統領のロシア疑惑を司法省から独立して捜査したロバート・モラー特別検察官のような組織を立ち上げるべきだというわけだ。