リクルートグループの中核企業リクルートキャリア(以下リクルート)が運営する就職情報サイト「リクナビ」で個人情報の取り扱いに問題があったとして、政府の個人情報保護委員会から「是正勧告」を受けるなどしたことが社会問題化しています。
是正勧告は、リクルートが取引先企業に対して販売していた「内定辞退率予測」が、登録した学生から十分な了解を得ることなくサービス展開していたことがわかり、個人情報保護法に違反する疑いが強いという理由によるものです。
リクルートキャリアの顧客は誰なのか?
リクルートキャリアの「内定辞退率予測」問題は、具体的には同社のサイトに登録して就職活動情報を提供した学生に対して、登録者情報の活用について十分な説明がないまま、AIなどで分析した個別の内定辞退率を取引先に提供していたことが最大のポイントです。
この問題に関するメディアや世論の論点は、個人情報の扱いが杜撰であったとして情報産業であるはずの同社の責任を追求するものが大半ですが、私はちょっとだけ視点を変えて見てみたいと思います。
その視点とは、「誰が顧客か」ということ。というのは、きのうきょう情報産業を始めたわけではないリクルートが、なぜ商売ネタである就活情報を提供してくれる学生への説明をないがしろにしてしまったのか、という疑問に突き当たるからです。
そして、その疑問の解答は直接おカネをもらっていない、直接売り上げにならない相手は顧客ではないという考えが、リクルートという組織の根底にあったからではないのでしょうか。
リクルートは、1960(昭和35)年に故・江副浩正氏が、自身が学生時代に携わってきた東大新聞の広告セールスコミッションの業務を引き継ぐ形で創業した広告代理店です。就職活動時期を前にした学生向けに大企業からの情報提供を有償で行うという、まったく新しいビジネスモデルで急成長を遂げました。
その過程で、江副氏が何より重視したのが営業成果でした。その営業成果を重視する姿勢は、完全成果主義によって部門経営を一任するというやり方に展開され、多くの成功アントレプレナーを生み出したという点では評価が高いものの、半面、徹底した成果至上主義は幾多の問題も生み出してきたのです。
要望は一切無視、うやむやな対応に「新規」以外は客じゃない
弊社でも2年ほど前にこんなことがありました。弊社が運営する地方都市の飲食店に、リクルートの営業がWEBサービスの売り込みに来て、ちょうど集客のテコ入れを考えていた店長が契約をしたいと、私に相談してきました。
私は提案の集客策もさることながら、店舗のホームページ作成をサービスでやってくれるという点が気に入り、同社の営業担当にサービス内容を確認のうえ、契約を応諾しました。契約期間は1年。担当者はほどなく代わり、9か月ほどして後任から契約更新の打診がありました。
本体サービスの効果がイマイチだったので、契約は更新しないという方針を伝えてもらいました。
ところが、後任の担当者が言うには、契約を更新しない場合、サービスで作成したホームページは使えなくなるというのです。それを聞いた私は、「それでは当初の約束と違う。当初契約を担当した前任者に確認してほしい」と、後任に直接訴えました。しかし、彼の返答は、「前任はすでに退職して連絡がとれない。言った言わないの話は受けられない」とあまりにも冷淡な対応をされました。
上司を出してほしいという、こちらの要望も一切無視。納得がいかない私は、本社に電話してお客様窓口へつないでほしいと申し出ましたが、同社にはなぜかお客様窓口らしきものが存在せず、結果的に元の部署に戻され、うやむやな対応の後ナシの礫に至るという、散々な結果に終わりました。
「成果一辺倒」主義を是正できないリクルート
問題は、まず契約書に細かな記載がないという点でした。これでは同社は、後から何とでも言い訳できるのです。すなわち、なにか揉め事があった時も、「言った言わない」に持ち込もうとはじめから考えてのことではないのかと、うがってみたくもなります。
さらに、ここでも注目すべきは、「誰が顧客か」という視点です。後任担当者からすれば、自分の成績にならない先は顧客ではないので、余計な労力をかけたくないのでしょう。本社にお客様窓口が存在しないというのも、会社自体の考えがこれに同調しているとすら思えます。
すべては徹底した成果至上主義がいつしか行き過ぎ、「成果一辺倒」主義になってしまった結果であると思います。
じつはリクルートがこの成果一辺倒主義を省みるターニングポイントは、1989年に創業者の江副氏が逮捕されたリクルート事件にあったはずでした。この事件は、成果一辺倒主義を江副氏自ら推し進めんがために、政財界に値上がり確実という未公開株をバラまいて、贈収賄罪に問われ、有罪になったのです。
この時江副氏は、事件発覚と同時に辞任するという早業で、創業社長である自分ひとりが罪を被り企業イメージを守る策に出ます。本来ならば、事件後の事後処理として自ら風土改革に乗り出し、成果一辺倒主義の改めるべき点をしっかりと改善するべきでした。
結果、同社は改善の機会を逸したまま今に至り、是正されない成果一辺倒主義が弊社の一件やリクナビ問題やなどのトラブルを生んでいると、私には思えます。
企業経営において、「誰が顧客か」という自問は常に必要です。おカネを払ってくれる先、売り上げになる先、数字を作ってくれる先だけを顧客として見てはいないだろうか。目先の業績や成果を追い求め過ぎるがゆえに、過去の顧客、潜在的な顧客、いずれ顧客になるかもしれない先を軽視してはいないだろうか――。
リクナビ問題ににじむ、過去から脈々と続くリクルートの企業文化は、多くの企業とその経営者に警鐘を鳴らしているように思えます。(大関暁夫)