「専門家不在」の災害現場
しかし、それだけでは災害から8年たった今も医療者以外が被災地の健康問題に興味を持たない、という理由にはなりません。
現在に至るまで続く最もクリティカルな理由は、被災地の健康問題には「専門家」と呼べる人材がいないにもかかわらず、「どこかに専門家がいるだろう」と皆が考えてしまっている、ということだと思います。
世の中には災害の専門家はたくさんいます。しかし、じつはその中に健康についての専門家はほとんどいません。というのも、災害の世界において、健康問題というのは非常にマイナーな分野だからです。
たとえば国連防災会議においても、つい最近まで健康について議論されることはほとんどありませんでした。2015年に仙台の国連防災会議で採択された「仙台防災枠組」では、これまで幾度か採択されてきた防災枠組みの中で初めて「健康(health)」という文言が入った、という快挙が医療関係者のあいだで話題にのぼったほどです。
その状況は災害医療でも変わりありません。医療の分野において災害医療は決してメジャーとは言えないうえに、災害医療に携わる方の多くは急性期医療の専門家であり、慢性期の健康問題はまだまだマイナーな分野に入ります。
「自分は専門じゃないし、誰かがやるだろう」
被災地の多くの人がそう考えた結果、被災地、特に福島県浜通りでは、被災地の格差や避難の健康影響などのさまざまな健康問題が、問題提起すらされないまま1年以上が過ぎてしまったのです。
そのため、被災地の現状を知り、かつ、たまたま健康に近い専門を持つ医療者が専門外と知りつつ健康問題にも手を広げざるを得なかったのではないでしょうか。
つまり、放射線も甲状腺も門外漢の医療者が被災地から医学論文を発信してきた背景には、
「他にやれる人がいないけれども発信はしなくてはいけない」
という切実な問題があったのではないかと思います。