文在寅(ムン・ジェイン)大統領の側近中の側近で、疑惑の「タマネギ男」と呼ばれるチョ・グク氏(54)の法務部長官(法相)任命問題が韓国を揺るがせている。
「日韓問題」などすっかり吹き飛んでしまった格好だが、疑惑を追及してきた記者たちが、ネットで実名をさらされて攻撃されているという。いったいどういうことか。韓国紙から読み解くと――。
「チョ・グクを追及した『美人すぎる議員』を召喚しろ」
J-CAST会社ウォッチ編集部は、チョ・グク次期法務部長官候補(54)の11時間に及ぶ「釈明記者会見」(正確には『記者会見』)の模様を2019年9月4日付「【日韓経済戦争】疑惑の『タマネギ男』法相任命を強行する文大統領 その『吉凶』を韓国紙で読み解く」で報じた。
ところが、「記者懇談会」でチョ・グク氏の疑惑を追及した記者たちが現在、ネットで糾弾されているのだ。中央日報(2019年9月5日付)コラム「噴水台:韓国言論と晒(さら)し刑」がこう伝えている。
「チョ・グク氏の記者懇談会の翌日である9月3日、韓国ポータルサイト『DAUM』」のリアルタイム検索語1位は『謹弔韓国言論』だった。先月(8月)27日『チョ・グク頑張ってください』を筆頭に、『偽ニュース、アウト』(28日)→『韓国言論死亡』(29日)→『法の通りに任命』(30日)など親文支持層(文大統領支持者)が検索語を上位にのせた。検察が9月3日、東洋(トンヤン)大学を押収捜索すると、直ちに『見ている、政治検察』が検索語上位にのぼり、4日には『ナ・ギョンウォン召喚調査』が1位になった」
チョ・グク氏の疑惑報道が過熱するにつれ、「フェイクニュースだ」としてメディアや検察を批判する文在寅(ムン・ジェイン)政権支持層の声がネット上にあふれたというわけだ。
ちなみに、最後に「召喚しろ」として登場したナ・ギョンウォン氏(55)とは、チョ・グク氏追及の急先鋒である最大野党・自由韓国党の院内総務(ナンバーツー)のこと。「美人すぎる議員」と言われて、韓国政界ではアイドル的存在だ。政治討論会では次々と相手を論破、あざ笑うことから「氷姫」の異名もある。
2015年3月に中国の劉建超外務次官補(当時)がナ氏と会談した際、大勢の報道陣を前に「われわれ2人が記者会見をすれば、記者はみんなあなたに会いたがるのでは? 美人でいらっしゃる」と嘆息して、脚光を浴びた。
「記者懇談会で質問した記者56人の過去を暴け」
中央日報コラムはこう続ける。
「個別記者に向かっても攻撃した。9月2日、あるオンラインコミュニティーには『チョ・グク記者懇談会質問記者計56人』というリストが共有された。『所属や名前、写真、質問内容などをまとめてデータベース化しよう』『この記者が過去にどのような記事を書いたのかも調べてみよう』などの書き込みも見られた。一問一答形式で攻撃的質問を投げた某記者のフェイスブックには、約1000件の悪口が書き込まれた」
韓国の新聞では記事に書いた記者を明記しているところが多い。また、オンライン版では記者の名前の下に、問い合わせや意見の送り先アドレスを載せているケースもある。だから、記者の過去記事を検索して攻撃しようと思えば簡単にできるのだ。
中央日報のコラム(9月5日付)は、最後にこう結んでいる。
「『チョ・グク事態』」を暴露するメディアの最近の報道は保守・進歩を問わない。激しいスクープ競争も朴槿恵(パク・クネ)疑獄以降3年ぶりだ。ただし、親文支持層の極端な『主流言論への反感』は過去と雲泥の差だ。匿名を求めたある言論学者は『率直に、コメントすることも恐ろしい。考えが少し違うだけで個人情報がさらされる』と伝えた。政治権力、資本権力と全く違う『群衆』という新しい権力が今韓国社会を揺るがしている」
「検察が生半可に捜査すると反乱が起こる?」
ただ、朝鮮日報は「最近の(チョ・グク氏追及)報道は保守・進歩を問わない」と書いているが、チョ氏擁護を展開する大手紙がある。文在寅政権寄りと言われる左派系ハンギョレだ。9月5日付「コラム:チョ候補者への捜査、『断裁機』に上げられた検察」は、チョ氏の捜査は「政治検察ではないか」と批判したのだ。
「国民の判断に任せなければならない事案に検察がメスを入れれば、『矯角殺牛』(角をためて牛を殺す)の愚を犯しかねない。検察は高官候補者の『道徳』と『廉恥』について『国民的判断』を求める事案にむけて、『違法』と『脱法』に対する『司法的判断』を突きつけようと乗り出した。検察捜査は後々まで苦い後味を残すだろう」
確かにチョ氏の問題は、破廉恥で不道徳な行為かもしれないが、本当に違法性を問えるのか。しかも来年4月には総選挙がある。チョ氏の行動の是非の判断は国民に求めるべきであって、その前に検察が「司法的判断」を下し、選挙の動向に介入していいのか。それこそ「政治検察ではないか」というのだ。そして、1997年の大統領選候補者指名争いのさなかに浮上した金大中(キム・デジュン)氏(のちの第15代大統領)の政治資金疑惑のケースをあげる。
「(金大中氏の疑惑について)検察は全国高等検事長会議を開き、捜査を開始するかどうか話し合ったが、慎重論と強行論が真っ向から対立し、結論を出せなかった。結局、事態はキム・テジョン検察総長が捜査を大統領選挙後に留保すると電撃的に発表することで幕を閉じた」
「『不正疑惑の捜査はいかなる聖域もあってはならない』とよく言われるが、その命題が常に正しいわけではない。特に、国民の判断に任せなければならない事案に検察がメスを入れれば『矯角殺牛』の愚を犯しかねない。後日、キム・テジョン検察総長は『当時捜査に着手したなら(金大中氏の出身地である)全羅道で反乱が起こっただろう』と述べた」
韓国の地域対立の激しさは、国同士の対立並みといわれる。朴正煕、全斗煥、盧泰愚、金泳三氏と4代続いた慶尚道地域出身の大統領から、まさに全羅道地域の金大中へ権力が移るかどうかという瀬戸際だったのだ。検察首脳に脳裏に「反乱」という言葉がよぎったのも無理はなかった。
「同じ脈絡で、検察がチョ・グク氏に対する捜査に乗り出したのは、どう見ても間違った決定と思われる。今検察が行っている捜査は、『権力型不正』ではなく、主にチョ氏の過去の教授時代に起きたことだ。何よりもチョ氏をめぐる論争は、道徳の問題であって法の問題ではない。チョ候補者は『修身斉家』(自分の行いを正して国を整えること)が実施できなかったことは謝罪したが、『治国』のために了解してほしいとして踏ん張っている。これが政治過程だ。検察が生半可に割り込めない部分だ」
検察が生半可に突っ込むと「反乱が起こるかもしれないぞ」と、言わんばかりの論調である。
(福田和郎)