「腕がいい」「経験がある」なんて錯覚...... 個人など組織を離れれば「タダ」の人(大関暁夫)

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「会社の見てくれなんてどうでもいいじゃないか。仮に見てくれが悪かろうと、うちの技術力を理解して取引をしてくれる会社はたくさんあるはずだ。そんな会社の見てくれで判断するような相手は、こちらから願い下げです」

   長年大手メーカーの技術畑で働き、会社名義での多くの特許取得にも貢献してきたHさん。私の古くからの知り合いです。仕事をする中で温めてきた自己の発明技術を画期的な工業製品に転用するアイデアを思いつき、1年ほど前に定年を目前に起業し会社を設立しました。

   さらに昨年末、退職金をはたいて家族所有の土地に一見住宅風二階建ての「本社」を造って、現在は日々製品の質向上、バリエーション開発に向けた仕事に打ち込んでいます。

  • 社長、会社は「見た目」も大事です!
    社長、会社は「見た目」も大事です!
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「会社は大丈夫ですか?」の真意

   Hさんの発明は、長年の経験と技術力に裏打ちされ実用的で、複数の専門家からの評価も高く大きな可能性を秘めたものです。一方、営業面は昔の業界仲間などシルバーな方々に声をかけて、実質歩合制の契約社員として動いてもらっていますが、どうも芳しくないようです。

   そんな話を聞き、旧知の仲の私もお客さんになってくれる可能性のありそうな会社のY社長を連れてHさんの「本社」を訪れました。

   HさんにY社長を引き会わせ、斬新な技術の中身やHさんが考える今後の製品応用展開などの話を聞いて「本社」を後にし、Y社長と最寄り駅近くの喫茶店でひとしきり話をしました。

   社長は開口一番、こんなことを口にしました。「技術は素晴らしいことはよくわかりましたが、会社として大丈夫ですか?」。私はこの質問の意味が、今ひとつよくわからなかったので、「大丈夫とは、何を指しておっしゃっていますか」と聞き返しました。

   「あの事務所、新築ですよね。なのになぜ住宅仕様なのか。仕事がうまくいかなかったら、自分の自宅に転用しやすいようにということなんじゃないのか。はじめから半分逃げ腰なのじゃないかと勘ぐりたくなりました。来る前に見てきたホームページも、素人のやっつけ仕事っぽかったことも気になっていたので、尚さらなのですが。うちが本気で取引させていただくには、もうしばらく様子を見させていただいた方がよさそうかな、というのが正直なところです」と、社長は至って厳しい感想を話してくれたのです。

企業は会社の「看板」があるから取引してくれた

   私はY社長と別れると、その足でHさんの「本社」に戻って、今聞いた社長の感想をお伝えしました。それを受けたHさんの強い口調での反論が冒頭の「会社の見てくれなんてどうでもいいじゃないか」という言葉でした。

   Hさんの気持ちもわからなくはないのですが、この手の話は大企業を経て独立された方にありがちな過ちでもあるのです。

   つまり、大企業の勤務時に意識していなかった企業の看板やブランド、すなわち「信用力」という見えない力で外部の企業が取引してくれていた、仕事が取れていたのだということを考えることなく、独立してからも同じように自分の仕事に信用力があるかの如き錯覚に陥ったままビジネスをしてしまうという過ちです。

   要するに、大企業のサラリーマンは、たとえ役員であろうとも大部長であろうと、Hさんのように多くの特許取得に貢献した社内カリスマ技術者であろうとも、著名経営者らごく一部の人を除いては組織を離れれば「タダの人」なのです。

   つまり、組織を離れて起業したならば、ほとんどの人は「タダの人」であることを十分に意識した立ち振る舞いをする必要がある、ということなのです。

   ならば、どうすればよいのか――。一番必要なことは、第一印象をよくすること。特に大切なことは、「怪しくない」ことなのです。

   独立起業した自分のスタート時の信用力がゼロであると仮定するなら、「怪しい」印象を少しでも相手に植え付けてしまったなら、どんなに素晴らしい技術や製品・商品やサービスを提供しようとしていたとしても、相手は「怪しい」と感じる相手と進んで取引しようとは思わないのです。

「ちゃんとしている」ことが大事

   では、「怪しくない」「ちゃんとしている」と相手に思ってもらうために最低限必要なことは何でしょう。下世話な話ではありますが、まずは本人の名刺が「ちゃんとしている」こと。

   パソコンで作った縁にミシン目跡が残っているような、インクが水で簡単に滲んでしまうような名刺はNGです。そして今時は、メールアドレス、固定電話番号、FAX番号、携帯番号、ホームページアドレスの記載は不可欠でしょう。

   ホームページも重要です。Y社長のように新規で取引を検討する相手は、まず確実にホームページを見て、信用に足る先であるか否かの判断材料のひとつにするからです。すなわち、ホームページは単なるPR手段ではなく、信用の裏付け的存在でもあるのです。

   問い合わせフォームがないホームページでは意味がありませんし、作りっぱなしで情報が古いホームページではマイナスイメージにもなりかねません。古い情報のままで更新が停っている会社は休眠状態と疑われる可能性もありますから、定期的更新を心がける必要もあるのです。

   法人を相手にしたBtoBビジネスをするのなら、「法人成り」(法人化)していることも重要です。法人成りは20万円以上の費用がかかることであり、覚悟を持って起業しているということの意思表示にもなるからです。

   個人事業主のままでは信用力が大きく劣り、ある程度の規模の会社相手では門前払いとなる確率が高い、ということは覚えておいていい事実です。

   さて、先のHさん。そんな話をじっくり説明して、少し前向きな理解をしてもらいました。聞けば、「本社」は建築費が安いからという理由で住宅仕様にしたのだと。友人にタダで作ってもらったというホームページも専門家に頼んでリニューアルをかけることにしたので、ホームページが完成次第Y社長に「本社」の事情もよく話して、再度取引の検討をしていただくようにお願いしてみようと思います。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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