市役所に勤める職員にのみ配布された、絶対に人に見せてはいけない門外不出の「職員手帳」が本になった。つまびらかにしたのは、東京都日野市。都心からJR中央線で西へ30分。八王子市と立川市といった大きな市の狭間にある、小さく地味な市だ。
その有志職員で構成される「日野市の魅力発見 職員プロジェクトチーム」が、「市を、もっと知ってほしい」と自虐ネタをまじえて、市のホントの姿を明かした。目指すは「住みやすい街トップ10」。大坪冬彦市長に聞いた。
「絶対に人に見せてはいけない 日野市の職員手帳」(日野市の魅力発見 職員プロジェクトチーム著)東邦出版
知名度アップに日野市が一丸になる
―― なぜ、職員手帳を世に出していこうとお考えになったのでしょう。
大坪冬彦市長「ざっくばらんに言ってしまうと、私自身が手帳を作ろうと言ったことは一度もないんですよ。職員と共有しているのは、日野市の知名度が非常に低いということで、さまざまな努力はしているものの、なかなか広がっていかないという問題意識があります。何とかしよう、何かやろうという話はありました」
―― 議会で予算を通すときはご苦労があったと聞いています。
大坪市長「制作費は税金なので、議会のチェックが必要です。最初はカタチがないわけですから、なかなか説明するのが難しい。そこで目的を明確にしました。
日野市の知名度が低いことに、市民も議員も衝撃を受けているのは事実です。これをなんとかしようと観光PRなどに取り組んでいますが、それだけではダメで、職員自身がどのように取り組むのか、いろいろと試してみる必要があるのではないかと訴え、議会を乗り切ったと記憶しています」
―― つまり、職員の一人ひとりが日野市のPR活動に参加するという意識を醸成しようということでしょうか。
大坪市長「そうですね。参画意識を高めてもらいたかったことはあります。職員から多くのアイデアや意見が出てくるような、既成の枠を打ち破るというか、ちょっと変わったことをやってみようと思いました。そこがスタートラインという感じでしたね」
―― この「職員手帳」は市役所に勤務されている方、全員が持っているのですか。
大坪市長「職員のうち、正規の公務員は約1300人。他に嘱託の方や臨時職員の方を含め、全員に持ってもらいたいということで3000部を作り、今年2月に配布しました。
一方、市販されている手帳は初版5000部です。出版社のほうから書籍化のお話をいただきまして、『えっ』と思ったのですが。ほんの少し、そうならないかな、なんて思ったりもしまして。(笑)聞いたところでは、初版は品切れになって重版が決まったそうです」
―― 重版出来! スゴイじゃないですか。職員や市民からの声は? なにかお聞きになっていますか。
大坪市長「予想以上に評判がいいんですよ。『買ったよ』という声も、何人かから聞きました。周りの自治体や市長さんからも好評で、『ほしい』という方にはプレゼントしたこともあります」
―― まずタイトルで惹きつけられますが、イラストが効果的に使われていて読みやすく、いろいろとわかりやすくまとめていますね。
大坪冬彦市長「たとえば職員の出身大学とか。これは私も全然知らなくて。こういうものは、なかなかないかなと思いますね。
手帳には日野市の売りである、いろんな要素が出てきます。たとえば日野市出身の有名人といえば、『土方歳三』です。毎年、命日(5月11日)には新選組まつりが開かれますし、今年は土方が函館の地で戦死してから150年。年明けから1年かけてキャンペーンを展開しています。新選組以外でも、高幡不動尊(金剛寺)や多摩動物公園は東京都内でも随一の観光地ですし、意外と知られていないのですが、いずれも日野市にあるんですよ。
いいところがたくさんありますので、それに磨きをかけて発信していくことが一番大切だと思っていますし、今回はそれを職員自身が改めて見直したり、新たに見つけたりしてまとめたことがよかったと思っています」
「等身大の自分」を開き直って発信しました
―― この「職員手帳」に掲載されているQ&Aの回答は、ボーナス時の賞与明細書や給与明細書にアンケート用紙を同封して募集されたそうですね。大坪市長は、そのあたりはご存じでしたか?
大坪市長「相談は受けました。私も『いいんじゃない』と許可したことを覚えています。悩みましたけどね。給与明細書に入れるというのは、ものすごい反発に遭う可能性もあるわけです。おもしろい試みですし、賭けでしたがうまくいったかなと思いました」
―― 市役所の職員には「お堅い」イメージがあります。そうした中で、制作も進行も、職員の方々がかなり伸び伸びと楽しんでいる様子がうかがえます。
大坪市長「職員チームが結構乗っちゃって。(笑)わりと好きにやりたいということでしたので、私はそれを無理に止めなくてもいいかなと。まずは職員が主体となって考えてもらい、参加してもらいたい。そう考えると職員に任せたほうが、一番いいいのかなと。
私がそこで枠にはめようとすると、職員から生まれてきたエッセンスが消えてしまうでしょう。『こういうふうにしなさい』なんて言うと、せっかくのおもしろさがなくなってしまうし、でき上がった手帳を『ちゃんと読んでよ』などと言ってしまうと、このタイトルや精神そのものが死んでしまう。そう思っています」
―― 大坪市長が初めて原稿に目を通されたのはいつごろですか。
大坪市長「10月だったかな。一か所修正したんですが、却下されちゃいました(笑)」
―― そのとき、原稿を読まれてどのように感じられましたか。
大坪市長「かなり開き直っているな、と。タイトルもですが、たとえば『縦割りっていいんですか?』という質問に、『縦割りがいいんです』って答えたり。いい意味での開き直りが全体を貫いています。飾っていないというか。今の日野市の等身大の姿を、開き直って発信しようという意気込みで作られている。そんな感じがありました」
―― 目指すは「住みたい街ランキングのトップ10入り」ですか? 本には「前代未聞の街おこし」のサブタイトルがありますが、「街おこし」にどのように繋げていくのでしょうか。
大坪市長「そう(トップ10入り)なったら、うれしいですね。実際に市の調査では、住んでいる市民からの評価は高いんですよ。『ぜひ、住んでみて』と言いたいですね。
ただ、現実はこの手帳にあるように、日野市は八王子市と立川市に挟まれて、埋もれてしまいそうな地味な市です。でも、もともとのポテンシャルは高いものがあります。自分たちがいいと思うもの、日野に住んでいる市民や職員が素晴らしいと思わなければ、外部から訪れる人もいいとは思わないですよね。だから、まずは自分たちの等身大の日野市を見せていく。そういうスタンスが貫かれています。日野市の現状やよさが、これを読めばわかる。街おこしの、いいカタチができつつあります」
「絶対に人に見せてはいけない 日野市の職員手帳」
日野の魅力発見 職員プロジェクトチーム著
東邦出版
税別1200円