「人生100年時代」と言われるようになったが、平均寿命が100歳になったわけではもちろんなく、長寿化を象徴的に表現したものだ。
いわゆる「現役」の時代が昔より長くなっていることは社会的には認識されているのだが、本書「人生100年時代の経済 急成長する高齢者市場を読み解く」(NTT出版)は、そうした変化の一方で、高齢者のイメージが、時代に合わせて変わることはなく、あいかわらず「退場」を待つばかりの存在と捉えられていることを指摘。その「ねじれ」が、計り知れない経済的損失を生む可能性がある、という。
「人生100年時代の経済 急成長する高齢者市場を読み解く」(ジョセフ・カフリン著、依田光江訳)NTT出版
著者はMIT高齢化研究所長
著者のジョセフ・カフリン氏は、米マサチューセッツ工科大学(MIT)の「高齢化研究所」所長。専門は人口動態の変化、技術、社会動向、消費者行動がビジネスや政府のイノベーションに与える影響などで、MITの都市研究計画学科とビジネススクールであるスローンスクールの高度管理プログラムで教鞭をとる傍ら、高齢者のリタイア後の人生に関するオピニオンリーダーとして活躍している。
社会の高齢化のエキスパートであり、消費者行動などビジネスについての専門家でもあるカフリン氏。企業が長期計画を立てるときには、未来に影響を及ぼす地球規模の気候変動や地政学的な変動、技術革新などが考慮されるのに、展開の仕方や程度などさまざまなことが正確に予想できる高齢化の影響を考慮していないと嘆いてみせる。
企業ばかりか、さまざまな団体、行政府も高齢化問題に対する準備が不足しているとカフリン氏。「MITに高齢化がもたらすビジネス上の課題や可能性を探ることを目的とした高齢化研究所を創設した私からすれば、この現状はまさに謎としか言いようがない」。このことが本書執筆の出発点という。
店頭のアイキャッチは若者向けばかり
その「謎」が生じたのは「われわれの抱く高齢者のイメージが間違っている」ため。ある程度は生物学的に根ざしていると認めつつも「現代の老いのとらえ方は、じつは人間が便宜的に編み出しものにすぎない」ときっぱり。それにもかかわらず、いつのまにか思い込みとなり、そのせいで高齢者は、自らできることもできない存在とみなされるようになり、現代になって、とくに急速に、人数ばかりか購買力も高まっているのに、高齢者のニーズは、とらえきれられずにいるというのだ。
本書では「プロダクト」と表現されるが、消費財から金融にいたるまでの商品やサービス、あるいはそれらの組み合わせなど、さまざまな消費の対象物が、高齢者向けとなると「安全」や「安心」あるいはさらなる長寿のための短絡的発想によるもので、高齢者自身が価値を生み、まだまだ先々がある人生を楽しむよう提供されるものがない。
衣食住にわたり、店頭の最前列でアイキャッチになるものは、高齢者より人数は少なく購買力が低い「若者」向けだ。
本書では詳しいデータを引用しながら、社会の高齢化が、日本を先頭に世界各地で急速に進んでいることを示して市場の巨大さを指摘しながら、ビジネス面での意識改革の重要性が繰り返し強調している。それにもかかわらず、カフリン氏の提言に聞く耳持たぬという風情なのは米シリコンバレー。現代のイノベーションをリードするIT産業の集積地の発想は基本的に「若い男性」で、それが変わる気配はない。彼らの「古い幸福な高齢者像」にとらわれた企業は「置いて行かれる」と警告する。
著者は、イノベーションを生かした高齢社会との向き合いかたの好例として日本を挙げる。例えば「パワーアシスト機能付き外骨格スーツ」。こうしたマシンが開発されるのは、高齢となった従業員にも働きつづけてほしいという意思や意見があるから。「日本がいま、高齢者の労働力参加の面で世界をリードしているのは、技術力よりむしろ文化の勝利」と著者はみる。
「私が強調したいのは、企業が高齢者向けビジネスで成功するには、高齢消費者が何を望んでいるのかを理解しなければならないということ」。それは、生命や安全のために必要なものではなく、高齢者を「わくわくさせ幸福にするもの」。著者は「これが実現できたとき、ある種の文化的変容が起こるでしょう」と期待している。
「人生100年時代の経済 急成長する高齢者市場を読み解く」
ジョセフ・カフリン著
依田光江訳
NTT出版
税別2700円