かんぽ生命保険の不正販売問題によって政府が計画している、親会社の日本郵政の政府保有株式の追加売り出しが「頓挫」する可能性が高まっている。
もし、政府が日本郵政株を計画どおりに売り出すことができなくなれば、東日本大震災の復興などへ悪影響を及ぼす可能性がある。
日本郵政はかんぽ生命の不正販売をいつ把握したのか
かんぽ生命保険は2019年7月29日、政府の郵政民営化委員会に不正販売問題を報告した。この際に、4月に同社株を親会社の日本郵政が売り出す段階で「個別の苦情は把握していた」と説明した。
これに対して日本郵政は同日、「株式の売り出し時期には規模感や事案の重大性について承知していなかった」とのコメントを出しているが、仮に日本郵政がかんぽ生命の不正販売を知っていたうえで、かんぽ生命株の売り出しを行ったとすれば、投資家への重大な背信行為になる。
かんぽ生命株は4月に1株2375円で売り出されたが、相次ぐ不適切販売の発覚などで、7月18日には1株1745円の上場来安値を付けている。また、親会社の日本郵政株もかんぽ生命の不正販売の煽りを受け、2月20日の年初来高値1369円から7月30日には年初来安値の1060円まで下落した。
不適切販売を認識した時期について7月10日の記者会見で、かんぽ生命の植平光彦社長は、「4月の売り出しのタイミングで問題を認識していなかった」と述べており、政府の郵政民営化委員会への不正販売問題の報告とは食い違っている。
7月30日の記者会見で、東京証券取引所などを傘下に置く日本取引所グループ(JPX)の清田瞭(きよた・あきら)最高経営責任者(CEO)は、日本郵政による4月のかんぽ生命株の売り出しに問題がなかったか、調査する方針を示している。
日本郵政株の追加売り出し、年内は困難か?
投資家への背信行為だけの問題ではない――。政府は保有する日本郵政株の追加売り出しを、今年4月に発表しており、5月には主幹事証券を決定。市場では「消費税率引き上げ前の9月にも売り出しが行われるのではないか」とみられていた。
しかし、今回のかんぽ生命の不正販売問題で市場では、「年内は難しいのではないか」との声が出始めている。
「日本郵政グループ」の株式の保有構造は複雑だ。簡単に説明すると、親会社である持ち株会社の日本郵政は、傘下に日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の株式を保有している。郵政民営化法で、政府は保有する日本郵政の株式については、保有義務分である「3分の1超」以外は、できる限り早期に売却することが規定されている。
また、日本郵政が保有しているゆうちょ銀行、かんぽ生命の株式については、できるだけ早期に全株処分を売却することとされている。ただし、日本郵便の株式は100%を日本郵政が保有する義務がある。
2015年11 月に日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の3社の株式が同時に東京証券取引所に上場されたが、この時、政府は日本郵政株式を市中で売却。また、日本郵政はゆうちょ銀行とかんぽ生命の株式をそれぞれ市中で売却した。
日本郵政は、ゆうちょ銀行株とかんぽ生命株の売却益を政府が保有している日本郵政株の取得に使った。政府は日本郵政の売り出しと、日本郵政に対する日本郵政株の売却により、約1.4兆円の収入を得ている。
2017年9月に実施された政府保有の日本郵政株の第2次売却でも、政府は約1.4兆円の売却収入を得ており、2回の日本郵政株の売り出しに関連して、政府の手には総額約2.8兆円が入っている。
復興財源、もうお忘れですか?
もう忘れているかもしれないが、じつは復興財源確保法で2022年度までに生じた日本郵政株の売却益は、東日本大震災の復興財源に充てることが決められている。
東日本大震災の復興は、復興推進会議の決定に基づく復興財源フレームで、日本郵政株の売却益4兆円程度が盛り込まれている。このため、政府による日本郵政株の売り出しが頓挫したり遅れたりすれば、東日本大震災の復興作業に影響が出る可能性がある。
また、仮に日本郵政株が売り出せたとしても、売り出し価格が想定を下回るようであれば、予定している東日本大震災の復興資金が足りなくなる恐れがある。
かんぽ生命の不正販売は、その被害者はもとより、かんぽ生命株、日本郵政株を保有する投資家への背信行為や、それ以上に東日本大震災の被災者にまで、大きな悪影響を及ぼす可能性があるのだ。(鷲尾香一)