「ノーショー(No Show)」という言葉は、航空便やホテルで予約客が連絡なしに現れないことを指すが、いまでは飲食店のケースでも使われている。
近年、飲食店業界は「ドタキャン」に頭を悩ませているとされるが、ドタキャンは直前のキャンセルであり、実際に多発しているのは無断キャンセルの「ノーショー」。それに即して、より正確にということからか、ドタキャンの言い換えで応用されるようになったらしい。航空便やホテルのようにキャンセル料を規定するなど、飲食店も対策が必要ということで、「トリセツ」が登場した。
「ネット予約時代の困ったお客のトリセツ」(飯野たから著、佐藤祐介監修)自由国民社
泣き寝入り避けるために
飲食店予約の無断キャンセルは数年前から社会問題化しており、行政側も対策に乗り出している。本書「ネット予約時代の困ったお客のトリセツ」(自由国民社)は、飲食店経営者やサービス業に携わる人向けに、店舗ごとにできる対策を示した。すでに類書も少なくないのではと思われたが、ほとんど見当たらず、その意味では貴重な一冊といえる。
無断キャンセルのほか、クレーマーや誹謗中傷、風評被害などの対処法が並ぶ。監修の佐藤祐介さんは弁護士。2018年、それまでの4年間の勤務生活から独立して東京都内に法律事務所を開設した。
問題の無断キャンセルをめぐって飲食店のケースが問題になるのは、ほとんどの飲食店の場合、キャンセル料の取り決めがないからという。ホテルや旅館では「キャンセルポリシー」があり、当日キャンセルは100%、予約日の3~4日前から原則としてキャンセル料が発生する時期になる。また、タクシーなどでも予約をめぐっては運送約款でキャンセル料が請求できることになっている。
キャンセル料の取り決めがないからといって請求できないわけでは、もちろんない。ただ、取り決めがない場合は、実際の損害額を算定したうえ、それを立証しないとキャンセル料を取ることができない。損害額の算定には(1)逸失利益(飲食などから生じたはずの利益)(2)仕入れ原価(予約客のための材料費)(3)人件費(予約客の接待係の経費)――をそろえる必要があり、そのうえで予約者に送付して請求しなければならない。
佐藤弁護士は「その算定は意外に難しく、面倒」と述べ、あらかじめの規約がベターという。手間ひまかけて書類をそろえて手続きしても相手が応じるかどうかは分からないから泣き寝入りすることになってしまう。裁判で勝ち取った例もあるが、実際に料金を取り立てられるかはわからない。
損失額は年2000億円
経済産業省は関係する他の省庁や、弁護士や学者、業界団体関係者らと2017年に、無断キャンセルをめぐる勉強会を立ち上げて議論を重ね18年11月に「No show(飲食店における無断キャンセル)対策レポート」を発表している。
それによると、2016年の統計(飲食事業の市場規模 25 兆円)をベースに推計した無断キャンセルによる損失額は、年間約2000億円。この額は、飲食業従事者全体の賃金の2%強に相当するという。
これだけの規模に膨らんでいるのは、一部とみられるが、悪質な客の存在があるからとみられる。そうした悪質な客は、たとえキャンセル料の取り決めがあっても、店にとっては払ってくれる見込みはない。「電話予約やネット予約の場合、相手の電話番号とメールアドレスはわかっていても住所を聞いていなければ請求書も送れない」ことになりお手上げだ。無断キャンセルを防ぎ「損害を確実に回収する対策の確立は、これからの飲食店経営には欠かせない」。
損害防止を確実にする対策としては、予約の再確認の徹底、キャンセルの連絡をしやすい仕組みの整備などが考えられる。再確認作業は人手に頼ると負荷が過重になることが考えられるが、予約システムのSMS(ショートメッセージサービス)を使って効率化することも可能という。
ある居酒屋の例を取り上げ「効果的」と本書で紹介されているのは、予約料の前払いなどによるデポジット制だ。店側が無断キャンセルに遭っても損害を回収でき、客もキャンセルするなら手続きを経たものになるだろうし、いくつもの店を並行して予約しないよう抑止力ともなる。デポジットの額は平均的な客単価の4割ほどが妥当という。
デポジット制については、金額の多寡をめぐってトラブルの可能性もなくはない。予約の人数が多いほど可能性は高くなるだろう。そうした金銭トラブルを避けたい場合は、カラオケ店のように「当日予定時間に来店しない場合は予約取り消し」とするようなシステムも考えらえるという。ただ、このシステムの場合、用意した食材が、そのまま使えるかが問題になりそうだ。
「ネット予約時代の困ったお客のトリセツ」
飯野たから著、佐藤祐介監修
自由国民社
税別1400円