国民的アイドルだった元SMAPのメンバーの3人と、以前所属していたジャニーズ事務所をめぐり、公正取引委員会が「取引妨害」の疑いで注意したとの報道があり、話題になっています。
「芸能界という特別な世界のこと」と思っているかもしれませんが、他人事ではありません。一般企業でも、転職前に勤めていた会社と交わした誓約書やさまざまなルール(制約)が、転職時に「障害」となってトラブルになるケースは、少なからずあります。社員にとっては、それが転職を妨害されているように受けとめる人もいると思います。
今回は、「転職妨害」について、北川雄士弁護士に聞きました。
なぜ、「同業他社への転職はダメ」なのか?
「転職妨害」という言葉は、法律上の定義はもちろん、辞書・辞典などでも定義はありません。ただし、一般的には「在職中の会社・上司等が、当該社員につき転職活動自体を妨害ないし転職後においても転職先に在籍できないような妨害をする行為」を指します。
では、「転職妨害」が違法かどうかですが、結論からいうと原則違法といえます。
そもそも、日本では憲法22条でいわゆる職業選択の自由が保障されており、それに関連する法律として、社員(労働者)は退職を申し入れれば、会社(使用者)の承諾を得ずとも2週間で退職できるとされています(民法627条1項)。
さらに、一方で会社は社員の意思に反して、労働を強制してはならないとも、労働基準法第5条に記されているからです。
だからといって、社員が後ろ足で砂をかけるように会社を辞めていくことがいいわけではありません。会社が一定の限度で転職を制限することは許されています。
よく、「同業他社への転職はダメ」と聞きますが、なぜダメなのかを説明しましょう。
法律上、「競業避止義務」といわれ、在職中または退職後の従業員が会社と競業する事業活動を差し控える義務を意味し、労働契約に付随する誠実義務(労働契約法第3条4項)の一環として負うものとされています。
では、なぜ競業避止義務を負うかというと、企業がその努力によって獲得した技術情報、顧客情報、ノウハウなどが何の制限もなく同業他社に持ち込まれて流用されてしまうと、企業の利益が害されることになるからです。
そのため、多くの会社が退職後も一定期間競業する事業を営んだり、同業他社に就職することを制限する内容の就業規則を定めていたり、場合によっては退職時にその旨を記載した個別の誓約書を差し入れることを要求しているわけです。
全従業員対象の規定は「無効」と評価されやすい
しかし、原則として社員には「職業選択の自由」が認められているので、同業他社への転職の制限も合理的な内容と範囲でなければ「無効」と判断されることになります。
具体的には、
(1)守るべき企業の利益の有無
(2)従業員の地位
(3)競業避止義務の存続期間
(4)禁止される行為の範囲
(5)代償措置の有無
―― などが考慮されることになります。
まず(1)については、そもそも守るべき会社の利益(技術情報・顧客情報・ノウハウ等)がなければ、制限する必要はないからです。
次に(2)については、判例上、全従業員を対象としている規定は無効と評価されやすく、「あくまで機密性の高い情報に接する従業員に制限すべき」との考えを示しています。
そして(3)については、会社において1年ないし2年と規定されていることが多く、最近までは基本的に有効と判断されてきましたが、近年、2年の存続期間を否定的に評価する判例も出てきました。
具体的には、保険業での事案で、「保険商品については、近時新しい商品が次々と設計され販売されているころであり、保険業界で転職禁止期間を2年間とすることは、経験の価値を陳腐化するといえるから、期間の長さとして相当とは言い難い」と、判示したものがあります。
理由としては、業界特有の事情を踏まえたうえ、その他の要素も考慮した中で、職業選択の自由を過度に制約していると判断されれば、無効とされています。ですので、その他の要素で制約の度合いが大きいケースでは、たとえ1年であっても無効とされている判例もあるのです。
さらに(4)については、同業他社への転職を全面的に禁止する規定は、無効と評価される傾向にある一方、業務内容、職種、地域等を特定し、禁止する行為の範囲も限定していれば、有効と評価される傾向にあります。
最後に(5)については、同業他社への転職を制限する代償として、従業員に相当額の金銭補償をすると、有効と評価される可能性が高まります。
会社の「転職妨害」はこんなケースでありがち
会社側が同業他社へ転職活動を妨害する行為で、ありがちなケースをご紹介しましょう。
転職活動をする時間を作れないように、過度な業務を指示し長時間労働させたり、有給取得申請を拒否したりすることがあります。
また、有形無形に辞めさせないよう引き止め行為を行ったり、退職届を受け取らなかったりすることもありますね。さらに転職活動をしていることがわかれば、その候補先や転職の仲介エージェントなどに、その社員の悪評を伝え、内定が出ないようにすることもあります。
では、転職後に前の会社からのリークで辞めさせられた場合は、どう対応すればいいのでしょうか。また辞めさせられた社員側が、そのリークに疑義があることをなかなか実証できない場合は、どう対応することがいいのでしょう。
直接的には、転職先からの解雇になりますから、それが不当解雇なのかどうかを争うとすれば、争う相手は転職先の会社になります。
この場合、転職先の会社には解雇が無効であるとして、解雇後も引き続き従業員としての地位にあることの確認を請求することになるでしょう。
そして、 解雇が相当かどうかの主張・立証責任は、転職先の会社が負うことになりますので、たとえばそのリークが虚偽であるなどした場合、交渉や訴訟の場でおのずと明らかになると考えられます。
なお、前職の会社に対しては、リークによって職業選択の自由やプライバシーを侵害されたとして、不法行為に基づく損害賠償を請求することが考えられますが、その主張・立証責任は従業員側にあるので、転職先との交渉や訴訟の場でリークの具体的事実・状況などが判明しなければ、現実問題としては難しいかもしれません。
◆北川雄士弁護士のひと言◆
競業避止義務に反しない限り、転職は認められてしかるべきです。転職活動をさせないための嫌がらせや、退職届を受け取らないなどの転職妨害の疑いがあると感じたときや、転職先からの解雇トラブルに発展してしまいそうなときは、労働基準監督署や弁護士などに相談するようにしましょう。
今週の当番弁護士 プロフィール
北川雄士(きたがわ・ゆうじ)
弁護士法人グラディアトル法律事務所所属弁護士
京都大学法学部卒業後、神戸大学法科大学院修了
「労働問題」「男女トラブル」「脅迫・恐喝被害」「ネットトラブル」などを得意分野として扱う。
ライトノベル作家「U字」としての一面もあり、「剣と弓とちょこっと魔法の転生戦記 1 ~凡人貴族、成り上がりへの道~」(MFブックス)で作家デビュー。その後も、「剣と弓とちょこっと魔法の転生戦記」シリーズとして続刊を刊行中。
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