「お先に妊娠しちゃってごめんなさい!?」――。職場にある暗黙の「妊娠の順番ルール」を知らずに先輩を追い越して妊娠した女性が、「会社に居づらくなった」という投稿が話題になっている。
この「妊娠ローテーション」問題、けっこう女性だけの職場では珍しくないようだ。専門家に聞いた。
妊娠した後に知った暗黙の「妊娠ローテ」
話題になっているのは、女性向けサイト「発言小町」(2019年7月1日)に載った「妊娠の順番を間違えた」というタイトルの投稿だ。投稿者は20代後半の現在妊娠3か月目の初産妊婦だ。
「転職から2年目で、会社の中の暗黙のルールを破り、妊娠してしまいました。職場は女性3人で私が一番後輩。その中のベテラン先輩は、会社で上の人たちからとても好かれており、今の職場の立役者なうえ、後輩を育てるために自身を犠牲にして、子どもを作らなかったそうです」
上司はその先輩が産休育休に入れるように投稿者ともう一人の先輩を雇ったようなものだと、妊娠後にもう一人の先輩から聞いた。つまり「ベテラン先輩」「もう一人の先輩」「投稿者」という暗黙の「妊娠順番ルール」があったのだ。ベテラン先輩は妊娠していないが、来年春頃には産休に入りたかったそうで、投稿者が「横取り」した形になった。
「私が産休育休を取ると、来年度1年、人が増員できないため、上司から(休みを)『取ると困る』とやんわり言われました。なので、産休のみ取得して3月に退職したい旨を伝えました。これは、労働基準監督署の相談窓口で『権利として認められている』と確認しているし、保健師にも相談すると、『完全なるマタハラ(マタニティー・ハラスメント)』と言われました」
しかし、会社としては、先輩の産休育休を取得するために投稿者には年内に辞めてほしい旨をそれとなく伝えてきた。また、投稿者が採用面接で、入社後にすぐ結婚することを、聞かれなかったので明かさなかったことも、職場内の印象を悪くして、すっかり居づらくなっているという。
「やっぱり順番を守らなかった私が悪者でしょうか?」
と、投稿の最後で結んでいる。
「若輩者で場の空気もわきまえずに妊娠して、ごめんなさい」
この投稿について、「妊娠の順番ルールがあるなんて、明らかにマタハラ。会社が悪い」とする意見が約6割だった。
「なんという間違った会社。子どもは天からの贈りもの。自然のことだから計画的に行くかどうかは分かりません。妊娠の順番なんかまったく気にせず、権利を主張してください」
「だいたい会社がおかしいですよ。後輩の女性に妊娠されたくないなら、断然男性を雇うのが正解。年配のおばさまでもいいし、やりようはあったと思うんです」
「じつは私も、2年目で妊娠しました。ええ、計画的で、狙っていましたよ。でも、周りには想定外だといいました。たっぷり育休もらい、復職し、また第2子を無事妊娠し、お休みもらいました。でもね、そんな風に計画しないと、適齢期の女性は正社員で籍を残しながら子を持てないの。あなたは賢いと思います。堂々としていましょう」
投稿者にエールを送りつつも、こうアドバイスする人も。
「まず、覚悟を決め、自身の身の振り方(辞める辞めない)を決めてから、先輩におわびを伝えてほしい。これ、言い方重要ですよ。特に枕詞(まくらことば)大事ですよ。以下、言い方の例です。『若輩者で場の空気もわきまえずに妊娠してしまい、大変心苦しく思っています』」
「権利を盾に会社を食い物にするのは人としてど~よ」
一方で、「職場の人間関係を考えないし、権利ばかり主張する投稿者も身勝手だ」とする意見も4割近くあった。
「入ってすぐ産休だの育休だの、会社に貢献していないから、まず資格を満たしていないと思いますよ。妊娠の順番が違ったのは仕方ないまでも、産休に入って手当だけもらっておきながら、仕事をしないで退職するとは。法律上問題がないとはいえ、人としていかがなものかと思います」
「あなたみたいな人、私の会社にもいました。入社して2か月で結婚、新婚旅行の休暇をとったと思ったら、半年で妊娠して産休育休。1年後出てきたと思ったら、『じつは妊娠中です、テヘヘ』。で、また2か月働いたら産休に入って、そのまま辞めた。権利を盾に会社を食い物にした伝説の新人でした」
ごく少数だが、「妊娠順番制」について「理解」を示す意見もあった。
「会社への貢献度の違いがあるので、まあ順番無視というのもあながち間違いではありません。先輩が抜けられるようにという配慮で雇ったのに、思わぬ状況になって会社も困惑。あなたが、こんなにすぐ結婚・妊娠するなら最初から別の人を採用したでしょうが、会社も面接の際に結婚・妊娠について聞くと、ハラスメントだと騒ぎ出す人もいるので悩ましいところですね」
保育士の「結婚と妊娠の順番」を決めていた保育園長
ところで、女性の職場の「妊娠順番制」については、2018年にも新聞やテレビで話題になった。同年2月28日の毎日新聞投書欄に「子どもができてすみません」というタイトルの投書が掲載されたからだ。投稿したのは妊娠中の保育士の妻を持つ名古屋市の28歳男性だ。妻の勤務先の保育園では、女性園長が保育士の結婚の時期や妊娠の順番を決めており、「先輩を追い抜くことはダメ」という暗黙の了解があった。
妻は先輩より先に妊娠してしまい、男性は妻と一緒に「子どもができてすみません」と園長に頭を下げに行ったのだった。渋々了解してもらったものの、その後も「どうして勝手にルールを破るのよ」と嫌みを言われ続け、妻は肩身の狭い思いをしているというのが投書の内容だ。
この投書を受けて毎日新聞は同年4月1日、「『妊娠の順番決め』は守るべきルールか」という特集記事を掲載した。記事によると、保育研究所の村山祐一氏は「保育園で結婚や妊娠の順番決めが行なわれるのは珍しいことではない。低賃金で長時間労働を強いられる保育士の職が敬遠され、数が足りないことが背景にある」と話す。さらに村山氏は「妊娠の順番ルールは、保育士が辞めずに経験を積む工夫とも映る」という見解を示したのだった。
「マタハラ」をされる前に自分から身を引く人が多い
J-CASTニュース会社ウォッチ編集部では、女性の働き方に詳しい、主婦に特化した就労支援サービスを展開するビースタイルの調査機関「しゅふJOB総研」の川上敬太郎所長に、「妊娠順番ルール」について意見を求めた。
――今回の「妊娠順番ルール」の投稿騒ぎについて、どういう感想をお持ちですか?
川上敬太郎さん「仕事への影響というのはもちろんわかりますが、社員の妊娠に順番をつける会社を認めるような社会であって欲しくないと思いました。投稿者は、産育休を取得すると困ると言われ、退職の意思を固めていますから、明らかにマタハラに該当します。一方で、妊娠・出産によって、仕事に影響が出ることは事実です。しかし、順番を守らなかったことが良いか悪いかという問題と、仕事への影響をどうカバーするかという問題とは、切り離して考える必要があると思います」
――保育以外にも美容やアパレル、化粧品業界といった女性が多い業界では、そう珍しい話ではなく、中には「妊娠ローテーション表」を作る職場もあるそうです。それ以外にもSNSでは学校で「小学1年と6年の担任は妊娠しないでくれと言われた」、企業で「このプロジェクトが終わるまで妊娠しないでと言われた」といった声が寄せられています。
川上さん「決められた順番通りに妊娠することを職場側から求められるのと、従業員が自らの意思でそうしたいのとでは全く異なります。人権上の観点からも職場側から従業員に求めることは絶対に許されません。一方で、妊娠・出産によって戦力が抜ければ仕事に影響は出てしまいます。そういった場合に、従業員に妊娠しないよう求めることが慣例のようになっている職場があるのかもしれません。そういった慣例は、今後見直されなければなりません。
妊娠に順番をつけるケースは稀だと思いますが、3年前、働く主婦層にマタハラに関する調査を行ったところ、『自分を含め、周りにマタハラにあった人がいる』と回答した人が26.7%いました。この数字だけを見ると、マタハラは少なそうに思えますが、実はそのことこそがマタハラ問題の深刻さを示しています。
『自分を含めマタハラに実際にあった人は知らないが、マタハラにあうのが嫌で仕事を辞めた人を知っている』と回答した人が10.4%いたのです。つまり、実際にマタハラにあわなくても、マタハラを避けて自ら身を引いてしまう人が一定数いると推測されるのです」
問題は社員に妊娠をガマンさせる会社の業務体制
――なるほど、データには表れないが、マタハラにあいそうな職場の雰囲気を察して、事前に退職してしまう人がかなりいるというわけですね。ところで、投稿に対する意見は「子どもを生むのは自由なのにひどい会社だ」と投稿者を応援するものと、「権利ばかり主張して職場の人間関係に配慮しない態度に怒りを覚える」という反発に二分されています。それぞれの意見について、いかがお考えですか。
川上さん「人としての権利を考えれば、投稿者を応援する声があることは当然かと思います。ただ、職場への影響という観点から仕事に穴が開いてしまう可能性や、妊娠をガマンしていた先輩社員がいることを考えると、投稿者を非難する声に込められた『感情』は理解できます。
一番の問題は、社員に妊娠をガマンさせている会社の業務体制です。戦力が離脱してしまうと困るのは分かりますが、妊娠が原因でなくとも、不慮の事故や病気で突然戦力が離脱してしまう事態はありえるはずです。投稿者も先輩社員も、無理な運営体制の犠牲者だという見方もできると思います。
妊娠をガマンしたり、順番をつけたりしなければならない職場は、働きづらいと思います。働きづらい職場は採用もしづらいはずです。採用難の折、そのような業務体制を続けることは、経営上のリスクでしかありません。これからは、妊娠・出産をめぐる職場からの離脱を女性だけの問題にしないことが大切です。いま国会でも男性の育休義務化の論議が始まっています。夫も含めた対応策を考えるようにしていけば、女性の選択肢も増えていくでしょう」
(福田和郎)
【募る! 職場のお悩み】
あなたの職場のお悩み、愚痴を聞かせてください! 記者が取材して、お悩み解消をお手伝いします。募る! 職場のお悩みに具体的な内容(200字程度)をお寄せいただき、あなたのご職業、おすまい(都道府県)、年齢、性別を明記してお送りください。秘密は厳守いたします。