筆者も本を出しているので、文章の指導することがあります。ポイントはシズル感がただよう文章の書き方です。
自分の書き方を確立するには、それなりの場数が必要ですが、著名な作家やライターのテクニックが簡単に学べればこんなにラクなことはありません。
本書は、めったに文章を書かない人にも、これから文章を書いてみようと考えている人にも、あまり知られていない「読みたくなる文章のからくり」を楽しんでもらうことを目的に書かれた本になります。いままでになかったタイプの文章本。著者は、文筆家で書評家の三宅香帆さん。天狼院書店(京都天狼院)元店長です。
「文芸オタクの私が教えるバズる文章教室」(三宅香帆著)サンクチュアリ出版
なぜ、あの人の文章は読みたくなるのか!?
本書で「緊張緩和(真面目と脱力を組み合わせる)モデル」として紹介されている作家がいます。日本のお笑いタレントで小説家、お笑いコンビ・ピースのボケ担当。第153回芥川龍之介賞受賞作家の又古直樹さんのことです。
自分のスタイルを確立して書ける人は、素晴らしい。笑いがあれば、もっと続きが読みたくなるしフアンにもなりやすい。
一般的には、文章で人を笑わせることはかなりハイレベルなスキルです。文字を並べるだけで、「面白さ」「おかしさ」をどのように生み出すことができるのでしょうか。 次の文を読んでください。
--- 以下、書籍より引用(P292~293)---
十年以上前の話だが、当時お付き合いしていた女性から「今日は何の日?」と聞かれたことがあった。六月十三日だった。その瞬間、脳裡に太宰の顔が浮かんだが解らないと答えた。彼女は「初めてキスした日だ」と僕に告げた。そうだ、僕が生まれて初めてキスをした日だった。しかし何故か太宰のことが気に掛かり頭から離れないので本を開いてみると、六月十三日は太宰治が玉川入水した日であった。
「ファーストキスが太宰の命日」
大人気のアイドルがリリースしても絶対に売れない曲のタイトル。
ちなみに太宰の奥さんの名は「みちこ」で僕の当時の彼女も「みちこ」だった。少し奇妙な縁に驚きながらも、僕はますます太宰に惹かれていった。
~又吉直樹『第2図書係補佐』より~
--- ここまで ---
いかがでしょうか。言葉でも文章でもおもしろい。又吉さんの文章がおもしろいのは、お笑い芸人としてのスキルによるものもあるでしょう。それ以上に、文章のテンションが絶妙だと、三宅さんは解説します。
「なにが絶妙って、笑わせるぞ!という気合を『まったく見せない』ところ。基本的に、ひとりでぼそぼそ喋っているようなテンション。読み手のことを意識しているのかどうかすらわからない」(三宅さん)
時代の変遷に左右されないことの意味
文章は、著者のスキル、感性、思考力によって磨かれるものです。中原淳一という、昭和に活躍した作家がいます。彼は、少女雑誌『ひまわり』の昭和22年4月号に次のような文を寄せています。
「美しいものにはできるだけふれるようにしましょう。美しいものにふれることで、あなたも美しさを増しているのですから。」
いまの時代でも通じるようなクオリティです。70年以上も前に書かれたとは思えません。時代の変遷に左右されない文とは、著者の技術的探求の結晶ではないかと思います。そして、時代を経ても解釈が変わることはありません。
本書は、多くの作家の「すぐれた文章感覚」を、できるだけ平易な言葉を使って解説しています。
紹介されている文体は約50パターン。これだけの数を揃えて、著者なりの視点で解説することは大変な作業ではないかと思います。エディトリアル、フォントの使い方も絶妙で、読者に読ませるテクニックが反映されている良著としてオススメできます。(尾藤克之)