「カスハラ」という言葉をご存じだろうか。「カスタマー(顧客)ハラスメント」の略称で、暴言や土下座の強要など、客からの悪質クレームや迷惑行為をいう。サービス業で働く人は7割以上が、「カスハラ」の被害を受けているという調査もある。
悪質クレームの中には、犯罪行為に当たるものもある。そこで、断固たる姿勢を示すため、サービス業の労働組合が多く加盟するUAゼンセンは2019年6月末、「悪質クレーム対策★『悪質クレームを、許さない』by UAゼンセン」
という動画を制作、YouTubeで公開した。
「お会計は3年以下の懲役、または50万円以下の罰金」
とあるスーパー。「ガーン!」とカウンターを叩く音が店内に鳴り響く。
「いったい、どうなってんだ、この店は!」
中年の男がいきなりレジ係の女性を怒鳴りつける。
「まずは土下座だろうが。ふざけんな! 10万出せ、ネットに書くぞ!」
恐怖ですくみ上る女性店員。オトコは女性の顔に物を投げつけ、さらに怒鳴り散らす。凍りつく店内。目をそらし、眉をひそめる客たち。幼児が泣き出しそうになり、母親が抱きかかえる。
そこへ毅然とした態度で別の女性店員が男の前に現れる。
「お客様、お会計はこちらになります」
レジをチーンと叩くと、テロップが流れる。
「強要罪。」
「威力業務妨害罪。」
強要罪とは、土下座を無理強いした行為だ。威力業務妨害罪とは、大声と物を叩く威嚇により、店員の仕事を妨げた行為だ。
そして、レジの清算画面に次の「金額」が浮かび上がる。
「3年以下の懲役 または50万円以下の罰金」
動揺して目をキョロキョロさせる男。その顔にテロップが流れる。
「そのクレームは、もはや犯罪かもしれない。」
全部で30秒の短いストーリーだが、ヒール役のクレーマー男の迫力ある演技、毅然とした女性店員のクールな対応、そして憎々しい男がギャフンとなるエンディング。スリルとユーモアあふれる動画に仕上がった。
客も従業員も「犯罪」と知らずに対応している
J-CASTニュース会社ウォッチ編集部の取材に、UAゼンセン企画・情報局の広報担当・鈴木伸司さんはこう説明した。
「悪質クレームの中には、犯罪行為または犯罪行為に近いものがあります。クレームをする側も、自らの行為が犯罪になる可能性があることを知らずに行動している場合があり、従業員側も犯罪行為とは知らずに対応している場合があります。映像によって犯罪となるクレーム行為を分かりやすく伝えることで、悪質クレームをしない、悪質クレームを許さないという認識を共有したいと考えて作りました」
UAゼンセンが2017年11月に発表した「悪質クレーム(迷惑行為)調査」によると、悪質クレームの経験者は74%に達している。中には、明らかに「暴行」「脅迫」「強要」「業務威力妨害」などの犯罪行為にあたるものもあり、被害を受けた従業員の中には精神疾患を患わった者もいる。たとえば、こんな行為だ。
「商品の場所まで案内し、手で指して伝えると、『なんだ、その態度は。名前は何というんだ!』と胸ぐらをつかんだ」
「何が気に障ったのか、レジでいきなり『ぶっ殺すぞ!』と怒鳴り、『釣りを出せ!』と、レジを壊しそうな勢いでガンガン叩いた』
「購入した包丁の切れ味が悪いとのことで、包丁をむき出しにして店員の顔に近づけた」
「不良商品の交換の時に『交通費と迷惑料を出せ』と要求されて断ると、『生活できない体にしてやる!』『土下座しろ!』と脅した」
「『商品にカビが生えている』という指摘に、お詫びして返金を申し出ると、納得せず、店員を5時間立ちっぱなしにして説教した」
「女性従業員が、商品の場所に案内をしたら、後ろからお尻をさわられた」
「女性従業員の体にさわる客がいたので男性従業員が止めに入ると、怒り始めた。110番通報し警察で厳重注意をすると、逆ギレされ、通報した従業員の実名をあげてネット掲示板に誹謗中傷する内容を書かれた」
などだ。
「カスハラ」を第4のハラスメントに法規制
職場の3つのハラスメントであるセクハラ、パワハラ、妊娠出産をめぐるマタハラ(マタニティーハラスメント)については、今年5月29日に「女性活躍・ハラスメント規制法」が成立、「行なってはならない」と法的に明記され、企業に防止が義務付けられた。残るハラスメントである「カスハラ」についても、厚生労働省は、従業員の被害を顧客から防止することを企業に義務付ける方針だ。
鈴木さんは、
「今後、労働政策審議会でカスタマーハラスメント防止に向けた具体的な指針の検討が始まります。サービスする側、受ける側が共に尊重される社会をつくるために動画が活用され、関心が高まることを期待しています」
と語っている。
「カスハラ」はほかの国々もあり、特にオーストラリアではサービス業の従業員の85%以上が悪質クレームに遭っているという。UAゼンセンでは、交流があるオーストラリア産業別労組SDAが制作した啓発動画3本も同時に公開している。
(福田和郎)